朔旦冬至 さくたんとうじ ~恋愛日和~
陽和はその日,どうやって
家までの道のりを
歩いたのか,あまり
記憶がなかった。

ただただ・・・
世界がモノクロに見えた。

無理やり食べた晩御飯も
味がしなかった。

いつもなら
ゲラゲラ笑いながら見る
バラエティ番組も,
ドキドキしながら見る
恋愛ドラマも
何一つ面白くなかった。

こんなに・・世界が
変わってしまうもの
なのだと驚いた。

 朔がいなければ
 私の生きている世界なんて
 何の輝きもないんだ・・・。


 明日から・・・
 
 朔とどんなふうに
 接すればいいのか・・・

 わからない・・・。


陽和の意識は
暗い暗い沼の底に
沈んでいくようだった。




翌日,公ちゃんは,
陽和が昨日
先に帰ったことを
特に気にしていない様子だった。

だけど,朔は,
昨日と明らかに態度が
違う陽和に
気が付いていた。

 ・・・どうしてだ・・?
 また,あの時と
 同じ・・・みたいだ。

あの時・・・
朔が陽和の手の甲に
キスをしてしまったとき・・
しばらく,陽和は
口を聞いてくれなかった。

正確にいうと,
陽和はドキドキして
話すことができなかっただけ
・・・なんだけど。

今回は理由は違う。
陽和はもう・・
朔と話すのが・・・
つらくなってしまった。

明らかに思いが強まっている
自分と・・・
何も思っていない朔・・・

陽和の心は
大きく揺さぶられていた。

 ・・・ということは・・
 私はどこかで・・
 期待していたのかな。

 朔ちゃんも私のことが
 好きなんじゃ
 ないかって・・・。

 そう思って調子に
 乗っていたのかもしれない。

 よく考えたらそうだよね。
 私と朔ちゃんじゃ
 釣り合わない・・よ・・。

みんなを照らす太陽みたいな
朔ちゃんには・・・
月のように誰かに
照らしてもらわないといけない
私が・・・
近づけるはずがないんだ。

月はどんなに近づきたくても
地球の周りをまわっているだけ。

とうてい太陽には
近づけない・・・。

それどころか・・・
太陽には小さすぎて・・・
月なんて見えもしないんだ。

それから・・

朔と陽和は,
合唱のときまでは,
まるで「業務連絡」のような
話はしたけれど・・・

朔が一生懸命話しかけても
陽和の返答は
一言返るか返らないか
くらいだった・・・。

 どうしたんだろう・・・
 陽和・・・

 だけど・・・

だけどあの時と違って
朔には思い当たる節が
無かった。

 まさか・・・
 あの日・・・


朔の頭をよぎったのは
陽和とは真逆の
ことだった,

「え・・
 もしかして・・・・。」

朔は思い返していた。
あの日・・
陽和はもしかして・・・

「・・・まさか・・・。」

 ・・・俺が・・・
 陽和を好きだって
 言ってたのを・・・
 聞いたの・・・か・・・?

期せずして自分は,
彼女に告白してしまった
形になったのか・・・?

「じゃあ・・・
 どうし・・て・・・?」

どうして自分を
避けるのだろうか・・・
朔は思い悩んだ。

 いいように考えれば・・・
 照れてるのか?

 だけど・・・
 もしかして・・・

「迷惑・・だったのか・・?」

 陽和の気持ちが・・・
 わからない・・。

朔は困惑していた。


陽和の表情を読み取ろうと
朔は陽和に必死に
話しかけながら
彼女の顔をじっと
見つめた。


・・・確かに陽和の顔は
赤らんでいるようにも見える。
だけど・・

やっぱり前とは違う。
照れている・・・んじゃない。
明らかに避けられている。

それも・・・
彼女特有のシャイな
感情ではなさそうだ。

朔には
どこか気持ちの入らない
・・・冷たい表情に見えた。


「・・・陽和・・・。」

陽和は朔の切ない表情に
困惑していた・・・。

 どうして・・・?

そう思ったときに
陽和には答えが出たような
気がしていた。

 そうか・・・
 「もしかしたら
  自分にだけ,特別なんじゃ
  ないか」って
 思っていた気持ちは・・・
 間違いだったんだ。

 朔ちゃんは,
 誰にでも優しくて
 みんなのことを
 気にしてくれるんだ・・
 だから,こんな私のことも
 気にしてくれる・・・。

 ・・そう・・・だったんだ。

陽和と朔の思いは
お互いの方向を
向いていたのに
ほんのわずかなところで
すれ違っていた。

だけど,この時の
2人はお互いの気持ちなんて
知る由もなくて・・・。

ただただ・・・
強い思いをどこへ
向かわせたらいいのか
悩んでいた。


結局,しばらくは
一生懸命話しかけて
頑張っていた朔も・・・
陽和に気持ちがないと
わかると,
「押し続けては
 迷惑なのかな・・・」
という思いを持ち,
話しかけるのを控えていた。

それでも,陽和が
自分ではない
他の誰かと楽しそうに
話しているのを見ると
もやもやと
嫉妬する気持ちが
湧いてきてしまう。

「・・・情けないな・・・
 俺。
 何もできないのに・・・。」

朔は陽和のことを
どんどん人として
女性として好きに
なっていく気持ちを
どうしても抑えることが
できなかった。
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