朔旦冬至 さくたんとうじ ~恋愛日和~
朔の告白 ずっと陽和のことが好きだった・・・
そして・・・
その時は突然・・・
朔に訪れてしまった・・・。
朔は父親の顔を
見たことがない。
正確にいえば,
写真で見たことはある。
朔の父親は朔が
生まれる前に
心疾患で亡くなっていた。
元々,母親の方が
体が弱く,
父親はどちらかと言えば
体格もよく元気だった。
なのに・・・
突然の心臓発作。
母は,朔を
流産しかかったほど
ショックを受けていた。
だけど・・・
生まれてくる朔と
兄の航を育てるため,
母は・・・強く生きた。
だから・・・
そのとき,なんとか
生まれてくることができた
朔に対する母の思いは
とても強かった。
母は女手一つで
朔と航を育てた。
母親は二人の子どものために
最善の策をいつも
考えていた。
幸い父親が残してくれた
ものがあったので,
経済的には
困窮したわけでは
なかったが,
体の弱い自分に
もしものことがあったとき,
朔と航が困らないように
いつも考えていた。
そして・・・
朔が中学に入学するのを
機に,
親類を頼って,
隣の県へと引っ越すことを
決めたのだ。
「朔ちゃん,
話があるの。」
2月の終わりのある日。
学校から帰った朔を
母はすぐに呼んだ。
実は,航には
随分前にこのことを
伝えていた。
航は,あと1年,
高校の寮に入ることに
なっていた。
もしちょうど隣県にある
志望大学に入ることが
できれば,
また,朔と母と
3人で暮らすことが
できる。
「実はね・・朔ちゃん。」
母親の話を聞いたとき
朔は心に水を
浴びせられたように
感じていた。
母は朔のことを考えての
決断だったことは
幼い朔にもわかった。
だから,無下には
できないことも・・・。
朔の頭には
公ちゃんたち友だちの顔,
学校のことが思い浮かんだ。
・・・だけど
最初に浮かんだのは
・・・やっぱり
陽和の顔だった。
「嫌だ」なんて言えない。
だけど・・・
陽和と・・・逢えなくなる。
陽和・・・と・・・。
朔は気持ちが落ち着かず,
母のことをじっと見つめて
そのまま2階の自分の部屋に
上がってしまった。
ベッドに飛び込んだ。
顔を枕にうずめたら
・・・涙が溢れて来た。
「・・・陽和・・・。」
これが自分の正直な
気持ちなんだなと
朔は悟った。
自分がこの土地を離れて
一番つらいのはやっぱり
陽和と離れることなんだ。
今のまま・・・
何となく陽和に
避けられたまま・・・なんて
辛すぎる。
・・・俺・・
どうしたら・・?
朔は誰にも言えないまま
3日ほど過ごした。
陽和の顔を見ると
辛くてたまらなくなる。
その苦しみにも似た表情を
公ちゃんは見過ごさなかった。
「なあ,朔ちゃん?」
「・・・ん?」
「なんかあった?」
下校途中に,公ちゃんは
心配そうに聞いた。
「え?」
「いや・・
朔ちゃんには珍しく
表情が暗いから・・さあ。」
「・・・あ・・ああ・・。」
朔は公ちゃんの
洞察力ってすごいなと
感心していた。
そして・・・
やっぱり相談するなら
公ちゃんだなと思った。
誰よりも自分のことを
わかってくれて・・・
誰よりも・・・
陽和への思いを
わかってくれるのは
やっぱり公ちゃんだ。
それに・・・
引っ越しのことを
最初に告げるのも
やっぱり公ちゃんが
適役だと思った。
「あのさ,実は,
中学になったら俺,
引っ越すことになったんだ。」
「え・・・?」
公ちゃんは思いもよらない
俺の告白に驚いた。
「そうなの?
え・・・そうだったの?」
「うん。
俺もさ,つい3日前に
聞いたんだけどさ・・・。」
俺は,母親の体のことや
それで俺たちのことを思って
母が決断したことを
公ちゃんに話した。
「そっかあ・・・
そうなんだ・・・
朔ちゃん・・・
俺・・寂しいよ。」
「公ちゃん。」
公ちゃんはちょっと
涙声で朔に言ってくれた。
公ちゃんと親友で
よかったと朔は
心の底から思った。
「だけどさ,
隣の県って言っても,
電車だったら1時間も
かからないんだから,
ときどき,遊んでくれよ
公ちゃん。」
「ああ,もちろん。
遊びに来てよ,朔ちゃん。」
「うん。」
そういいながら
公ちゃんと朔は
固い握手を交わした。
「朔ちゃん・・・
ところでさ・・・
このままで・・いいの?」
「え・・?」
公ちゃんは朔の思いが
痛いほどわかっていた。
もし自分が朔と同じ立場
だったら,真っ先に
思い浮かぶのは
陽和の顔だ。
同じ者を思っている者同士
気持ちは痛いほどわかる。
「ひーちゃんのこと。」
「・・・あ・・うん。」
「俺さ,嫌だからね。」
それは本音半分,
朔の思いを考えて半分・・
公ちゃんの正直な気持ち
だった。
「え?」
「朔ちゃんがさ・・・
かっこいいまま
去ってしまって・・・
ひーちゃんの心に
ずっとかっこいいまま
居続けるなんて
許さないから・・・。」
「・・・いや・・
大丈夫だって・・・
陽和は
俺のことなんて・・・。」
そういう朔に,
公ちゃんはまた強い口調で
わざと言った。
「朔ちゃんはいいの?
ひーちゃんのこと
思い続けたまま
忘れられるの?」
「・・・え・・・。」
公ちゃんは大人びた
台詞を朔に吐いた。
だけど・・・
これも公ちゃんの本音。
ずっとこのまま
陽和のことを
思い続けられても
困るんだから・・・。
「・・・そう・・・
だよな・・・。」
朔は公ちゃんに言われて
決心がついた。
どっちにしても
陽和とは離れ離れになる。
もう,気まずくなるとか
そんなこと
考えている場合じゃない。
思いを伝えなくて
後悔するくらいなら・・・
あっさりと・・・
振られた方が・・・いい。