朔旦冬至 さくたんとうじ ~恋愛日和~
翌朝。
「さくちゃん,
はやくおきて!」
あれ・・・
昨日早めに寝たのにな。
朔は寝ぼけながらも
そう思っていた。
「わ,由宇
ごめんごめん!」
「ちがうの!
ごめんなさい,さくちゃん。」
由宇の声がいつもと違う。
朔はそう感じていた。
由宇は泣いていた。
「ごめんなさい。
ぼく,トーストやこうと
おもって,オーブンに
さわっちゃった。」
由宇の手の甲の
ほんの一部が
真っ赤になっていた。
「由宇!!」
朔はあわてて
由宇の手を持って
洗面所に向かった。
「とにかく冷やさないと。」
朔は由宇の手を
流水につけながら
由宇に謝る。
「ごめんな,俺が
早く起きなかったから。」
「ううん。きょうは
さくちゃんは
ねぼうしてないよ。
ぼくがかってに
あさごはん,
だそうとおもって。」
こんなときまで,
朔を責めず,自分が
悪いという由宇に
朔はなんだか
切なくなった。
やっぱり・・・俺じゃあ・・・
だめなのか・・・?
朔の頭には
そういう思いが
よぎった。
「しかし,どうしようかな。
まだ病院は空いてないし。」
「だいじょうぶだよ、ぼくは。」
「うーん・・・。」
朔には妙案が
考え付かなかった。
救急箱はあるし
突き指や骨折の処置なら
慣れているんだけど,
やけどの処置って
どうやるんだったっけ?
朔が思いついたのは
頼りになるあの人の顔だった。
朔と由宇は救急箱と
朝ご飯用のパンをもって
いつもよりも
早く家を出ることにした。
「おはようございます。」
裏の勝手口の方から
そっと入れてもらおうと思い
朔は保健室の外窓を
ノックした。
・・・由宇も一緒に。
「あら,朔ちゃん
早いわね。
え!由宇ちゃん!
まあ,どうしたの?」
今日は中村先生が
早く来ていて助かった。
朔はそう思った。
「由宇ちゃん
また大きくなったわねえ。」
「なかむらせんせい
おはようございます。」
「はい,おはようございます。
相変わらずいい子ねえ。」
のんきに挨拶している
二人を尻目に
朔は焦っていた。
「先生!緊急事態!
由宇がやけどした!」
「え?
由宇ちゃん,どこ?」
「あ・・・ここ・・。」
由宇は遠慮がちに
手を見せる。
「あ!あらあら。
まあ,どうしたの?」
「俺が早く起きなかったから
由宇が無理やり
高いところにある
トースターにパンを
入れようとして。」
「ああ・・まあ,
そう!
でも,ちゃんと
冷やしてあるわね。」
「ええ。
流水では冷やしたんだけど。」
「そう!なら大丈夫よ。
十分冷やしているから。」
「触ると痛いかもしれないから
ガーゼだけしておきましょう。」
そういって中村先生は
由宇に手早くガーゼをして
包帯を巻いた。
「うん,これで
大丈夫。
もし,水ぶくれができても
つぶさないのよ。」
「はーい。」
由宇は安心したのかすっかり
ニコニコしていた。
「さあ,じゃあ
由宇ちゃんは保育園,
行けるわよね?」
「うん。」
「ほら,朔ちゃん
送ってらっしゃい。」
「・・はい。」
朔は複雑な気分だった。
何もできない自分の
無力さを感じていた。
何より自分のせいで
由宇を火傷させて
しまったことを悔いた。
由宇のやけどについて
保育園の先生に説明
してから由宇を預ける。
その足で,朔は
学校へ向かった。
今日も1限が
入っていなかった朔は,
さっきのお礼がてら
保健室へ向かう。
「先生,さっきは
ありがとうございました。」
「あ?朔ちゃん。
おつかれ。」
今日は,朝から
保健室で休んでいる生徒が
いたため,
朔は小声で話し始めた。
中村先生はコーヒーを
淹れながら,
やはり小声で話した。
「なんか・・・ちょっと
まいっちゃいました。」
「え?どうしたの?
超前向きな
朔ちゃんらしくない!」
スペシャル前向きな
中村先生に
言われたくない・・・
朔はそう思っていた。
「いや・・
なんか・・・
由宇の気持ちを考えたら
切なくなっちゃって。」
「そう?
私は由宇ちゃんすごいなって
思ったけど。
それに朔ちゃんも?」
「え?俺?」
またもや
彼女の意外な言葉に
朔は驚いた。
由宇はわかるけど
自分はただ寝坊をした
ダメだめな
父親もどき・・なだけなのに。
「そう。
自分でちゃんと
朝ご飯を作ろうとした
由宇ちゃんもすごいし・・・
由宇ちゃんが朝ご飯を
朔ちゃんのために
作ろうとしたのが
すごいじゃない。」
「・・・え?
それって
俺が保育園児以下という
ことですか・・・?」
もしや中村先生・・・
俺を・・・攻めてるのか?
そう思ったけど
先生の本意は違っていた。
「違うわよ。
嫌味じゃなくて!
由宇ちゃんがそんな風に
思えるのって・・・
朔ちゃんのこと,
とても大切な家族だって
思っているって
ことでしょ。
ほら,よく
お母さんが病気の時に
子どもが
『ごはんつくろうか?』
とかいって,
無茶しながら
作ってくれることって
あるじゃない?
あれってやっぱり
親のこと大好きだから
できることなのよね。
そう思ったら
朔ちゃんは,
由宇ちゃんにとって
かけがえない存在・・・
ってことでしょ。
うらやましいわ!」
「普通の親でもなかなか
そこまで思ってもらえないわよ。」
「・・・そう・・・なんですかね。
俺は・・・
由宇に申し訳なくて・・・。
ちゃんと俺が父親らしく
していれば・・・って
思ってしまって。」
中村先生は
少し厳しい顔をして言った。
「朔ちゃんがそんな風に
思うんじゃあ,
由宇ちゃんもかわいそうよ。」
「え?」
「あなたが
由宇ちゃんを育てるって
決めたんでしょ?
それに,できる限りのことは
してるじゃない?
それ以上無理をしたら
今度は由宇ちゃんが
気を使うと思うけど?
朔ちゃんができる範囲で
由宇ちゃんにしてあげられる
ことをやったらいいのよ。
25歳の等身大で
いいんじゃないの?」
「・・・先生。」
中村先生と朔との会話は
普段は愚痴の言い合い
が多かった。
だけど,彼女は
ときどきこうやって
育児や人生の
「金言」をくれることがある。
朔は思っていた。
・・・そうだよな。
肩ひじ張らずに・・・
俺らしく
「父親もどき」を
やればいいんだよな?
朔はちょっと目の前が
拓けた気がした。
1か月少し経ち・・・
時は2014年4月。
また新たな1年が
スタートしようとしていた。
朔も,中村先生も
異動はなく,
また同じ学校で
働けることを喜び合った。
由宇は年長になった。
保育園生活もあと1年か。
早いな。
朔は,感慨深げに
そう思っていた。
子どもの成長は早い。
それに比べて
自分はなかなか
成長できずにいる。
『父親』としても
『教師』としても
そして・・・男としても。
4月はどこの世界でも
バタバタしている。
特に教育現場の
忙しさと言ったらない。
新しいクラス
新しい学年,
新入生。
同僚の異動に
新採の受け入れ。
「高比良先輩。
よろしくお願いします!」
「お・・・おう。」
今年は朔にとって
『当たり年』だった。
この学校の体育教員は4人。
朔ともう一人,
ベテランの坂本先生という
女性の先生は異動なし。
もう一人の若手,
朔の3つ上の先輩である
島田先生は,
6月に出産を控え,
ちょうど4月頭から
産休に入った。
その代替として,
朔の大学のときの
2つ下の後輩の
福原くんが臨時採用で
やってきた。
そして,50代のベテランの
先生の転勤により
やってきたのは,
新採の女性だった。
なかなかの異動率。
体育教員室の空気も
随分と変わりそうだった。
「なんか,急に
平均年齢下がってない?」
坂本先生は苦笑する。
新採の倉田先生の
担当教官は坂本先生になり,
朔は,福原くんのフォローと
倉田先生への指導の一部を
頼まれていた。
朔は若干
ため息をつきつつ
仕方ないか・・・という思いに
なっていた。
・・・はあ・・
自分だけでも精一杯なのにな。
とにかくあと5日で
始業式で
次の日が入学式。
それまでに,年度初めの準備と
この2人の授業の割り振り
分掌の仕事・・・
やることが山積みだった。
だけど,朔には
時間の制限があった。
とにかく夕方まで
必死でこなすしかない!
昼になり,
坂本先生と福原くんは
外に食べに行くといった。
「あ,私,
買ってきちゃいました。」
倉田先生は
カバンからコンビニ弁当を出す。
「俺も弁当だから
じゃあ,体育教員室で
食べましょう。」
朔は,今朝は
ちゃんと早起きして
弁当を作っていた。
「わ,手作り弁当!」
倉田先生が声を上げる。
「いや,ついでが
あったから・・・。」
「え?彼女・・ですか?」
え・・?
そんな風に見えますか,
この地味な弁当が。
朔は倉田先生に
呆れながらも,
自分の弁当をもう一度
眺めていた。
あらためてみると
保育園児が持っていくにしては
地味な弁当・・だな。
そう思い
由宇の顔を思い浮かべた。
「あ・・・いや,
そうじゃなくて・・・
作ったのは俺で・・・。」
「ええ!じゃあ
彼女さんへ
手作りですかあ!すごい!」
「あ・・・いや・・・
彼女じゃないよ・・
子ども・・・。」
「えええっ!!!?」
倉田先生は大声で
のけぞった。
それも仕方あるまい。
体は大きくても
あどけなさの残る朔の顔は
・・・子持ちには見えない。
「結婚してらしたんですね!
すみません,知らずに・・。」
「あ・・・いや,
結婚は・・・
してないんだけど。」
「え?」
「俺,子どもと
二人・・だから。」
そういうと
倉田先生は息をのんで
今度は小さい声で
謝った。
「す・・すみません・・
そうとは知らずに・・・
すみません・・・。」
彼女はものすごく
申し訳なさそうな・・・
そして憐れんだような
顔を朔に向けた。
この話をすると
どうしてか,みんな
理由も聞かぬまま
口をつぐむ。
まあそれも仕方ないだろう。
そんなこと
つっこんで聞けるわけがない。
・・・そんなに
憐れんでもらうような
状態じゃないんだけどな俺。
朔はいつもそう思うけれど
あまりプライベートのことを
ぺらぺらとしゃべるのは
好きではないので
そのまま濁している。
「さくちゃん,
はやくおきて!」
あれ・・・
昨日早めに寝たのにな。
朔は寝ぼけながらも
そう思っていた。
「わ,由宇
ごめんごめん!」
「ちがうの!
ごめんなさい,さくちゃん。」
由宇の声がいつもと違う。
朔はそう感じていた。
由宇は泣いていた。
「ごめんなさい。
ぼく,トーストやこうと
おもって,オーブンに
さわっちゃった。」
由宇の手の甲の
ほんの一部が
真っ赤になっていた。
「由宇!!」
朔はあわてて
由宇の手を持って
洗面所に向かった。
「とにかく冷やさないと。」
朔は由宇の手を
流水につけながら
由宇に謝る。
「ごめんな,俺が
早く起きなかったから。」
「ううん。きょうは
さくちゃんは
ねぼうしてないよ。
ぼくがかってに
あさごはん,
だそうとおもって。」
こんなときまで,
朔を責めず,自分が
悪いという由宇に
朔はなんだか
切なくなった。
やっぱり・・・俺じゃあ・・・
だめなのか・・・?
朔の頭には
そういう思いが
よぎった。
「しかし,どうしようかな。
まだ病院は空いてないし。」
「だいじょうぶだよ、ぼくは。」
「うーん・・・。」
朔には妙案が
考え付かなかった。
救急箱はあるし
突き指や骨折の処置なら
慣れているんだけど,
やけどの処置って
どうやるんだったっけ?
朔が思いついたのは
頼りになるあの人の顔だった。
朔と由宇は救急箱と
朝ご飯用のパンをもって
いつもよりも
早く家を出ることにした。
「おはようございます。」
裏の勝手口の方から
そっと入れてもらおうと思い
朔は保健室の外窓を
ノックした。
・・・由宇も一緒に。
「あら,朔ちゃん
早いわね。
え!由宇ちゃん!
まあ,どうしたの?」
今日は中村先生が
早く来ていて助かった。
朔はそう思った。
「由宇ちゃん
また大きくなったわねえ。」
「なかむらせんせい
おはようございます。」
「はい,おはようございます。
相変わらずいい子ねえ。」
のんきに挨拶している
二人を尻目に
朔は焦っていた。
「先生!緊急事態!
由宇がやけどした!」
「え?
由宇ちゃん,どこ?」
「あ・・・ここ・・。」
由宇は遠慮がちに
手を見せる。
「あ!あらあら。
まあ,どうしたの?」
「俺が早く起きなかったから
由宇が無理やり
高いところにある
トースターにパンを
入れようとして。」
「ああ・・まあ,
そう!
でも,ちゃんと
冷やしてあるわね。」
「ええ。
流水では冷やしたんだけど。」
「そう!なら大丈夫よ。
十分冷やしているから。」
「触ると痛いかもしれないから
ガーゼだけしておきましょう。」
そういって中村先生は
由宇に手早くガーゼをして
包帯を巻いた。
「うん,これで
大丈夫。
もし,水ぶくれができても
つぶさないのよ。」
「はーい。」
由宇は安心したのかすっかり
ニコニコしていた。
「さあ,じゃあ
由宇ちゃんは保育園,
行けるわよね?」
「うん。」
「ほら,朔ちゃん
送ってらっしゃい。」
「・・はい。」
朔は複雑な気分だった。
何もできない自分の
無力さを感じていた。
何より自分のせいで
由宇を火傷させて
しまったことを悔いた。
由宇のやけどについて
保育園の先生に説明
してから由宇を預ける。
その足で,朔は
学校へ向かった。
今日も1限が
入っていなかった朔は,
さっきのお礼がてら
保健室へ向かう。
「先生,さっきは
ありがとうございました。」
「あ?朔ちゃん。
おつかれ。」
今日は,朝から
保健室で休んでいる生徒が
いたため,
朔は小声で話し始めた。
中村先生はコーヒーを
淹れながら,
やはり小声で話した。
「なんか・・・ちょっと
まいっちゃいました。」
「え?どうしたの?
超前向きな
朔ちゃんらしくない!」
スペシャル前向きな
中村先生に
言われたくない・・・
朔はそう思っていた。
「いや・・
なんか・・・
由宇の気持ちを考えたら
切なくなっちゃって。」
「そう?
私は由宇ちゃんすごいなって
思ったけど。
それに朔ちゃんも?」
「え?俺?」
またもや
彼女の意外な言葉に
朔は驚いた。
由宇はわかるけど
自分はただ寝坊をした
ダメだめな
父親もどき・・なだけなのに。
「そう。
自分でちゃんと
朝ご飯を作ろうとした
由宇ちゃんもすごいし・・・
由宇ちゃんが朝ご飯を
朔ちゃんのために
作ろうとしたのが
すごいじゃない。」
「・・・え?
それって
俺が保育園児以下という
ことですか・・・?」
もしや中村先生・・・
俺を・・・攻めてるのか?
そう思ったけど
先生の本意は違っていた。
「違うわよ。
嫌味じゃなくて!
由宇ちゃんがそんな風に
思えるのって・・・
朔ちゃんのこと,
とても大切な家族だって
思っているって
ことでしょ。
ほら,よく
お母さんが病気の時に
子どもが
『ごはんつくろうか?』
とかいって,
無茶しながら
作ってくれることって
あるじゃない?
あれってやっぱり
親のこと大好きだから
できることなのよね。
そう思ったら
朔ちゃんは,
由宇ちゃんにとって
かけがえない存在・・・
ってことでしょ。
うらやましいわ!」
「普通の親でもなかなか
そこまで思ってもらえないわよ。」
「・・・そう・・・なんですかね。
俺は・・・
由宇に申し訳なくて・・・。
ちゃんと俺が父親らしく
していれば・・・って
思ってしまって。」
中村先生は
少し厳しい顔をして言った。
「朔ちゃんがそんな風に
思うんじゃあ,
由宇ちゃんもかわいそうよ。」
「え?」
「あなたが
由宇ちゃんを育てるって
決めたんでしょ?
それに,できる限りのことは
してるじゃない?
それ以上無理をしたら
今度は由宇ちゃんが
気を使うと思うけど?
朔ちゃんができる範囲で
由宇ちゃんにしてあげられる
ことをやったらいいのよ。
25歳の等身大で
いいんじゃないの?」
「・・・先生。」
中村先生と朔との会話は
普段は愚痴の言い合い
が多かった。
だけど,彼女は
ときどきこうやって
育児や人生の
「金言」をくれることがある。
朔は思っていた。
・・・そうだよな。
肩ひじ張らずに・・・
俺らしく
「父親もどき」を
やればいいんだよな?
朔はちょっと目の前が
拓けた気がした。
1か月少し経ち・・・
時は2014年4月。
また新たな1年が
スタートしようとしていた。
朔も,中村先生も
異動はなく,
また同じ学校で
働けることを喜び合った。
由宇は年長になった。
保育園生活もあと1年か。
早いな。
朔は,感慨深げに
そう思っていた。
子どもの成長は早い。
それに比べて
自分はなかなか
成長できずにいる。
『父親』としても
『教師』としても
そして・・・男としても。
4月はどこの世界でも
バタバタしている。
特に教育現場の
忙しさと言ったらない。
新しいクラス
新しい学年,
新入生。
同僚の異動に
新採の受け入れ。
「高比良先輩。
よろしくお願いします!」
「お・・・おう。」
今年は朔にとって
『当たり年』だった。
この学校の体育教員は4人。
朔ともう一人,
ベテランの坂本先生という
女性の先生は異動なし。
もう一人の若手,
朔の3つ上の先輩である
島田先生は,
6月に出産を控え,
ちょうど4月頭から
産休に入った。
その代替として,
朔の大学のときの
2つ下の後輩の
福原くんが臨時採用で
やってきた。
そして,50代のベテランの
先生の転勤により
やってきたのは,
新採の女性だった。
なかなかの異動率。
体育教員室の空気も
随分と変わりそうだった。
「なんか,急に
平均年齢下がってない?」
坂本先生は苦笑する。
新採の倉田先生の
担当教官は坂本先生になり,
朔は,福原くんのフォローと
倉田先生への指導の一部を
頼まれていた。
朔は若干
ため息をつきつつ
仕方ないか・・・という思いに
なっていた。
・・・はあ・・
自分だけでも精一杯なのにな。
とにかくあと5日で
始業式で
次の日が入学式。
それまでに,年度初めの準備と
この2人の授業の割り振り
分掌の仕事・・・
やることが山積みだった。
だけど,朔には
時間の制限があった。
とにかく夕方まで
必死でこなすしかない!
昼になり,
坂本先生と福原くんは
外に食べに行くといった。
「あ,私,
買ってきちゃいました。」
倉田先生は
カバンからコンビニ弁当を出す。
「俺も弁当だから
じゃあ,体育教員室で
食べましょう。」
朔は,今朝は
ちゃんと早起きして
弁当を作っていた。
「わ,手作り弁当!」
倉田先生が声を上げる。
「いや,ついでが
あったから・・・。」
「え?彼女・・ですか?」
え・・?
そんな風に見えますか,
この地味な弁当が。
朔は倉田先生に
呆れながらも,
自分の弁当をもう一度
眺めていた。
あらためてみると
保育園児が持っていくにしては
地味な弁当・・だな。
そう思い
由宇の顔を思い浮かべた。
「あ・・・いや,
そうじゃなくて・・・
作ったのは俺で・・・。」
「ええ!じゃあ
彼女さんへ
手作りですかあ!すごい!」
「あ・・・いや・・・
彼女じゃないよ・・
子ども・・・。」
「えええっ!!!?」
倉田先生は大声で
のけぞった。
それも仕方あるまい。
体は大きくても
あどけなさの残る朔の顔は
・・・子持ちには見えない。
「結婚してらしたんですね!
すみません,知らずに・・。」
「あ・・・いや,
結婚は・・・
してないんだけど。」
「え?」
「俺,子どもと
二人・・だから。」
そういうと
倉田先生は息をのんで
今度は小さい声で
謝った。
「す・・すみません・・
そうとは知らずに・・・
すみません・・・。」
彼女はものすごく
申し訳なさそうな・・・
そして憐れんだような
顔を朔に向けた。
この話をすると
どうしてか,みんな
理由も聞かぬまま
口をつぐむ。
まあそれも仕方ないだろう。
そんなこと
つっこんで聞けるわけがない。
・・・そんなに
憐れんでもらうような
状態じゃないんだけどな俺。
朔はいつもそう思うけれど
あまりプライベートのことを
ぺらぺらとしゃべるのは
好きではないので
そのまま濁している。