朔旦冬至 さくたんとうじ ~恋愛日和~
3時過ぎ。
外は休日特有のまったりとした
雰囲気が流れていた。

「あ・・・じゃあ・・
 えっと・・・また・・。」

陽和はそういってにっこり
笑って手を振る。

「あ・・うん・・・。」

朔はどうしたらいいかわからず
そう答える。

陽和が振り返って
そっと歩き出そうと
したとき・・・

「あ・・・あの!」

朔は大きい声で陽和を
呼び止めた。

「・・・もう・・
 もうちょっとだけ・・・だめ?」

背の高い朔の・・・
そんなかわいらしい言い方に
陽和は噴き出して笑った。

コクリとうなずいた陽和に
朔は照れ笑いを浮かべ・・
小さく「よしっ」と
つぶやいた。

陽和はそんな朔の様子に
ドキドキしていた。
そして朔の後ろについて・・
歩いて行った。







「陽和・・どこか
 お店とかって知ってる?」

「え・・ああ・・うん・・と。」

由宇と生活し始めてから
店に食べに行くことなど
ほとんどなかった朔は,
お茶を飲むようなお店を知らない。

陽和も陽和で,
そんな場所はあまり
知らなかった。

結局,陽和がいつもいく
駅前のカフェに入ることにした。

「いらっしゃいませ。」

常連の陽和の顔を
よく覚えていた店員は,
背の高い男を連れてきたことに
少し驚いた顔をした。

「あ・・・2人です。」

いつもなら常連で
「おひとりさま」なのに。

陽和は店員の反応に少し
照れながらも,
いつもの席に朔を誘った。

「へえ・・・
 おしゃれだけど・・・
 落ち着く感じのお店だね。」

「・・うん。」

陽和はいつもの
カフェオレを頼む。
朔はアメリカン。

「陽和は,カフェオレ,
 好きなんだな。」

「・・・うん。」

朔は・・・うれしかった。
大人になった陽和のことが
一つでも多く知りたかった。

”好きな飲み物はカフェオレ”

そんなこと一つ知るだけで
馬鹿みたいに・・うれしい。

「朔ちゃんは・・・ブラック
 なんだね。」

同じことを思っている人が
もう一人。
陽和も・・朔の好みを
頭に刻んでいた。

「給食の牛乳,
 飲みかねてたのに・・・
 今は,カフェオレなんだな。」

「・・ふふ。」

あの頃のことを思い出して
朔がつぶやく。
陽和もあの頃に思いを馳せる。

「朔ちゃん,私の給食,
 いつも手伝ってくれたよね。」

クラスで一番小柄な陽和と
クラスで一番大きい朔。

あの頃よりも,身長差や
体格の差はさらに大きく
広がった。

食べる量もそうかもしれない。

「陽和が困ってるの・・・
 見てられなかったから。」

「・・・え・・・。」

その言葉に,落ち着きかけていた
陽和の鼓動は強くなる。

「だから・・陽和のせいかもな。
 俺がこんなにでかくなったの。」

そう朔は茶化したけれど
陽和はときめきを感じていた。



「私・・・ホントに,何も
 できなかったから。
 いつも朔ちゃんに助けて
 もらってたよね。」

陽和は懐かしそうに
そういった。

”だから・・朔ちゃんは,
 私のヒーローだった・・。
 そして・・・今でも・・。”

そんな思いを込めて。

「そんなことないよ。
 でも・・・陽和が
 困ってたら・・・
 助けたかった。

 ・・・というか,
 他の奴が陽和を助けるのを
 見るの,嫌だったんだよ。

 完全に俺のわがまま。」

「わがまま?」

「うん・・・・。
 『陽和は俺のものだ!』って
 ずっと思ってたから。

 独占欲の塊。」

「え・・・?」

「・・・・そのくらい
 好きだったんだよ・・・
 陽和のこと・・・あのころ。」

陽和はそう言われて
うれしくて・・・恥ずかしくて・・・。

でも・・・どこか・・・
さみしさを感じていた。
朔は「あのころ」と付け足した。

 それは・・・
 今は・・・違うって・・・
 ことだよね・・・?

「小っちゃくて・・・
 ホント・・・かわいくて・・・
 好きだった・・・。」

朔は・・・そういいながら
心の中で「それは今も・・・」と
付け足していた。

陽和のことを・・・守りたい。
その権利が・・・ほしい。
あの頃は・・・何も考えず
陽和に了解も得ないまま
その権利を行使していたが・・・

今は・・・大人になった
陽和に・・・ちゃんと・・・
了解を得て・・・

・・・。


お互いの気持ちは,
通い合っているようで
微妙にすれ違っていた。

真っすぐにお互いに
向き合っている気持ち・・・

なのに・・・お互いに
相手の気持ちが
はっきりとわからずにいた。

それはきっと・・
ずっと気持ちを冷凍していた
から・・・。

恋愛に慣れていない2人は
どちらに向いて進めばいいか,
まだつかみきれずにいた。




陽和と朔はあの頃の話を
思い出しながら,
時に笑い,時に懐かしみ・・・
そして・・・時に
鼓動を高めながら・・・
話をした。

「あ・・・いかん。
 もう5時半だ。

 そろそろ,帰らないと
 由宇が・・・。」

「あ・・・そうだね。」



「あ,じゃあここで。」

店を出た陽和は朔に
手を振った。

「あ・・いや・・・
 駅まで・・・送るよ。」

駅までといっても,
ここは駅前。
改札までは徒歩1分もない。

「え・・もうここ
 駅・・だし・・・。」

「・・・いいの。」

それでも・・・
ほんのわずかでも・・・
朔は陽和のそばにいたかった。

その気持ちは陽和に
どれだけ伝わったのだろうか。

「じゃあ・・・。
 今日は・・・ホントに
 楽しかった・・・。
 ありがとう。朔ちゃん。」

そう笑って手を振る陽和の
姿を・・・朔は
心に焼き付けていた。

「うん。俺も・・・。」

そういうと,陽和はにっこりと
笑って朔を見上げ・・・
手を振った。

改札を抜けてもう一度
振り返った陽和は
ゆっくりとホームへ向かい
歩を進める。

「陽和!!!」

朔は陽和が離れて行って
しまうようで,
たまらなくなってそう叫んだ。

「!?」

陽和は驚いてふりむく。


「あ・・・あ・・・え・・
 あ・・・。」

朔は顔を赤らめて
口ごもる。

「えっと・・・・
 
 また・・・
 会いたい・・・。」

陽和はクスッと笑って
大きくうなずいた。
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