朔旦冬至 さくたんとうじ ~恋愛日和~
翌日。

朔は覚悟を決めて,
園へ向かった。


だけど・・・

陽和はいなかった。




「あ・・・今日は・・・
 陽和先生・・・

 お休みなんです。」


美和子は情けないくらい
困惑している朔の顔を
まじまじと見つめた。


 本当に・・・
 この人・・・

 陽和先生のこと
 振ったんだろうか?






その日の夜・・

たまりかねた朔は
とにかく声が聞きたいと・・
電話をした。

だけど・・
陽和は出ることはなかった。

もちろん返信も。



「ひよ・・り・・・。」


朔は頭をクシャクシャと
掻き毟って・・・

そのまま抱えた。



 ああ・・・
 また・・・このまま
 俺たちは
 すれ違っちゃうのか?


 ・・・いや・・・

 そんなこと・・・


 耐えられない・・・。






陽和のことを考えるだけで
涙が出てくる・・・。

こんな情けない男・・・
本当に陽和は
好きでいてくれるんだろうか。





翌日の朝も陽和は
朔と目を合わせなかった。

・・・というより
合わせられなかった。

朔の顔を見ると・・
気配を感じるだけでも
苦しくてたまらなくなる。

 ・・・どうして・・・

 もうダメだって
 わかっているのに・・

 こんなに・・・

 苦しいんだろう・・・。


 この苦しみが
 収まるまでは・・・

 朔ちゃんの前に
 出るのは・・止めよう。

 きっと・・・・
 迷惑だ・・・。



陽和はそう思っていた。






夕方。

陽和は,今日も
そそくさと帰り支度を
していた。

「え,陽和先生。
 今日も・・早いですね。」


「あ・・あ・・うん。
 ちょっと・・
 用事があって。

 ごめんね,美和ちゃん。
 また・・明日。」



「あ・・・先生・・・。

 昨日も一昨日も・・・

 高比良さん・・
 すみれ組を覗いて
 先生を探してましたけど・・?」


「え・・?あ・・?
 な・・・何の
 用かな・・・?

 れ・・連絡
 してくれればいいのに・・。」


そういいながら陽和は
わたわたと教室を出て行った。






6時前。

いつものように朔は
由宇を迎える前に
すみれ組を覗く。


「あ・・・
 今日・・も・・・
 いない・・っすね・・・?」

美和子を見ながら
朔はそうつぶやく。

「ええ。
 慌てて帰られました。」

朔の情けない表情を見て
美和子は冷たく言い放つ。

「・・・あの・・・。」

「・・はい。」

美和子は朔の目をじっと
見ながら訝しそうに告げた。

「あの・・陽和先生,
 高比良さんに
 振られたって言ってたのですが・・。」

「あ・・・いえ・・・
 それは・・・。」

美和子ははっきりしない態度の
朔にイライラしながら
ズバッと言葉をぶつけた。

「あの・・振ったんなら
 そっとしておいてあげて
 ください。
 陽和先生,すごく 
 落ち込んでますから。

 あなたの・・その
 曖昧な態度が傷つけるんじゃ
 ないですか?

 はっきりと・・・
 してあげてください。」

「あ・・・・・

 ・・・はい・・・。

 あの・・・俺・・・

 すみません。」

うなだれる朔に
美和子はあきれ顔だった。

「だ・・・だけど
 誤解なんです。

 俺・・陽和のこと・・・
 振ったわけじゃなくて・・


 ホントは・・・
 うれしくて・・
 でも・・びっくりして・・・
 すぐに・・・返事が
 できなくて・・・。


 だけど・・・
 俺・・・・陽和のこと・・・
 ホントに・・・好きなんです。」


そう赤い顔をして言う朔に
美和子はますますあきれながらも
陽和によく似ているなと
・・やっぱりお似合いなのかなと
実感していた。

「・・・それは・・・
 周りの者は,見たら
 わかります。」

「へ?」

朔は美和子の顔をポカンと
した表情で見つめた。


「・・・ですが・・・
 肝心の陽和先生だけは
 それに気づいておりません。」

「あ・・はあ・・。」

「高比良さんのほうがよく
 ご存じだとは思いますが・・

 陽和先生は
 恋愛に関しては・・・

 鈍感なんてもんじゃないくらい
 鈍感です。」

「・・・はい。」

朔は美和子にそこまで
言わしめる陽和のことを
思い出すとちょっと
おかしくなった。

「だから・・・
 ちゃんと・・・はっきり
 言ってあげてください。

 そうじゃないと・・・ 
 陽和先生・・・
 わからないから。」

「・・・・はい。
 ・・・そう・・ですね。」

朔は・・美和子に叱責されて
・・また反省していた。

だけど・・・
どこかで温かい気持ちにも
なっていた。

周りの人たちがこれだけ
応援してくれることって・・
あるだろうか。

それは陽和の人柄かもしれないし
自分の情けなさかもしれないけど・・

でも・・・
朔にとって一番大切な存在の
由宇さえも応援して
くれているのに・・・

前に進まないなんて
選択肢は・・やっぱり・・
ありえない・・。

朔はなんとか
陽和ともう一度
向き合いたいと思っていた。









翌日。

また視線を逸らす陽和に
朔は思い切って
こう・・・叫んだ。


「陽和!
 話したいことがあるんだ!

 夕方・・・
 待っててくれないか?」


「え?・・・朔ちゃん。」



まだ早い時間ではあったが,
子どもたちや保護者も
ちらほらと登園している時間。

陽和は・・・
そんな大胆な行動をとった
朔に困惑していた。



「陽和先生。
 ちゃんと・・
 向き合わなきゃダメです。」

美和子は目くばせしながら言う。

「それに・・
 これだけみんなに
 見られちゃあ・・ねえ・・。」

くすくす笑う美和子に・・

「・・美和ちゃーん・・・。」

陽和は泣きそうな声で
そういった。








夕方。

陽和の携帯が鳴った。

”ごめん,陽和。
 由宇を預けてくるから
 ちょっと園で待ってて。”

朔からのメールだった。


予告通り,
夕方やってきた朔は,
陽和の方をちらっとみて
にっこり笑った後,
由宇を連れていなくなった。

朔は・・・ある人に
由宇を預けに行っていた。

「ごめん!先生。
 ちょっと頼む。

 1時間以内には
 帰ってくるから。」

「はいはい。
 いいわよ~。
 何時まででも~。

 7時過ぎたら
 由宇ちゃんとご飯でも
 食べに行ってくるから~。

 ねえ~♪」

中村先生はうれしそうに
由宇を抱き上げた。

「ごめんな,由宇。
 ちょっとここで待ってて。」

「うん。朔ちゃん
 どこ行くの?」

「え・・えっと・・
 ひ・・・陽和先生と
 仲直りしてくる。」

「え!?ホント!
 わーい。やった!」

想像以上にうれしそうな
由宇に・・朔は
うれしくなった半面,
少し不安にもなった。

 ・・・うまくいかなかったら
 ・・どうしようかな・・・。

そんな気持ちを抑えながら
由宇の頭をポンと撫でて
朔は保健室を後にした。








園に向かうと・・・
門の前で・・・
何とも言えない顔をした
陽和が待っていた。

「あ・・・。」

「ごめん。
 待たせたね・・。」

「う・・・ううん・・
 あの・・・
 
 さ・・・朔ちゃん・・・。」


「ん?」

「・・・もう・・
 優しくしないで・・・?」

「え・・・。」


思いもよらない言葉と
陽和の真剣なまなざしに
朔は困惑した。

「え・・・陽和?」

「・・・朔ちゃん・・
 優しいから・・・。

 昔から・・・
 変わってないね・・。

 でも・・
 もう・・いいよ。

 私・・大丈夫だから。」

「え・・ちょっと待って・・
 陽和・・。」

陽和は目をぎゅっと
閉じて・・・
矢継ぎ早に話した。

「いいの・・。

 うれしかったの・・。

 ずっとあこがれていた
 朔ちゃんと
 また会えて・・
 うれしくて・・私・・。

 ちょっと勘違いしてたかも。

 だからもう・・
 気を遣わないで!

 それに・・・あの・・・
 もうちょっと・・・
 時間をおいてくれたら,
 ちゃんと友達として
 また・・・会えるから。

 少しだけ時間をちょうだい。

 ごめんね・・・

 ありがと・・
 朔ちゃん。」


陽和はそう言って
すたすたと歩きだしてしまった。

「ちょっと・・・陽和。
 待てって。

 話を聞けよ!」


朔はそう言って
陽和の腕をつかんだ。

「え・・な・・
 何?」

陽和は泣き顔でそういう。

「話を聞いてくれよ・・
 陽和。」

「だから・・
 ごめんって!!

 私・・今・・
 朔ちゃんとちゃんと
 話ができる・・・

 心の余裕がないの。」

そういって
大粒の涙を流す陽和に・・
朔は・・・自分も
泣きそうになった。

そして・・・
苦しくて・・・

でも・・・
陽和のことが
愛おしくて・・・
たまらなくなった朔は・・・





人目もはばからず・・・





陽和の小さな体を
グイッと引き寄せて











きつく・・

抱きしめた。





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