朔旦冬至 さくたんとうじ ~恋愛日和~
陽和の恋愛経験
陽和が保育士になってから
3か月ほど経った。
少しずつ仕事にも園にも…
そして子どもたちにも
慣れて来た陽和は,
芽衣子ほどまでは
いかないものの,
明るくテキパキと
仕事をしていた。
「ひよりせんせ。
まりちゃんが,
ないてるよ。」
しょうくんが
陽和のところに来て
そう告げた。
陽和は不思議に思った。
どうしたんだろう?
しっかり者の…
どちらかというと
気の強いまりちゃんが
泣いているなんて…。
「どうしたの?
まりちゃん?」
まりちゃんは
一向に泣き止む様子は無く,
話をし始める様子もない。
陽和は困惑してしまった。
「うーん・・・
どうしたのかな?
まりちゃん・・・
こっちに来て
お話ししようか?」
そういうと
まりちゃんは
こくりと頷いた。
外遊びの時間なので
教室は誰もいない。
教室に入ってからも
まりちゃんは,
泣き止む様子がない。
「まりちゃん。
おはなししてくれないと
何があったか
わかんないんだけどなあ。」
「・・・・。」
まりちゃんは
こくりと頷くけれど
まだしゃくりあげて
話ができる状況にない。
外を見ると,芽衣子が
室内にいる陽和に
目配せをする。
たぶん,外は見てくれるから
話をきけという
ことだろう。
と陽和は解釈した。
陽和は10分ほど,
彼女が泣き止むのを
待った。
そしてようやく
まりちゃんは話を
はじめた。
「あのね・・・
しょうくんがね・・・。」
まりちゃんが語り始めた
「原因」人物は意外な
人だった。
「え?しょうくん?」
しょうくんは,
まりちゃんが
泣いていると教えてくれた
張本人なのだけれど。
陽和は話がよめず,
もう一度まりちゃんに
聞き返そうとした。
「しょうくんが
何かしたの?」
そう聞くと,
まりちゃんは,
首を横に振る。
「あのね・・・
前はね,
しょうくん,
まりのことがすきだって
いってたのに。
きょうは,
るりちゃんのことが
すきだって
いったんだよ。」
「えっ?」
思わず陽和は
声をあげてしまった。
なにそれ!
三角関係ということ!?
3歳児,恐るべし。
まさかの恋愛がらみの
話題に,女子の
末恐ろしさを感じていた。
そして,陽和は
戸惑いながらも
自分の恋愛経験のなさを
残念に思った…。
たぶんこの手の話は
芽衣子先生なら
経験豊富だろうに。
まりちゃん,
よりによって
恋愛経験0の
私にそんなこと
相談するなんて・・・。
初恋のまま
恋愛時間がストップしている
陽和にアドバイスを
求められても
うまく対処できるはずはない。
陽和はありったけの
考えを振り絞って
まりちゃんに返答した。
「そっかあ。
でもさ・・・
しょうくんは,
まりちゃんも,
るりちゃんも,
みんなのことが
すきなんじゃないかな?」
「・・・それって
うわき・・・?」
「へ!?」
まりちゃんの答えに
陽和はたじろいだ。
・・・ああ・・・
だめだ・・・。
私・・・3歳児よりも
恋愛勘が鈍っているかも
しれない…。
そうか…
3歳児でも独占欲は
あるのね…
女子は何歳でも
女子なんだわ…。
万人を愛する気持ちでは
事足りないわけね…。
「・・・う・・うーん・・。」
陽和は頭を抱えていた。
窓の外では芽衣子が
心配そうにこっちを
眺めている。
陽和は目配せして
ヘルプを求めた。
芽衣子は
苦笑いしながら
教室の中に入って来る。
どちらかは
外で見ていないと
いけないので,
陽和はまりちゃんに
断りを入れて外に出る。
「ま・・・まりちゃん,
続きは,めい子先生に
聞いてもらおう!」
陽和は顔を赤くしながら
芽衣子に頭を下げた。
・・・情けない。
私は3歳児よりも
恋愛経験が乏しいのか。
すれ違いざまに
芽衣子に概要を伝える。
「え・・・えっと・・・
れ・・・恋愛がらみの
ご相談です。」
「はあ?」
芽衣子は意外な
ことをいう陽和に
クスクスと笑った。
後で聞くと,
余りにも困り顔の陽和に
よほど深刻な問題だったの
かと思って
心配していたらしい。
「・・・もしかして,
陽和先生,苦手分野?」
そう言われ・・・
陽和は・・・こくりと頷いた。
芽衣子は今度は
思いっきり吹き出して
笑った。
「あはは!了解。
陽和先生,
今日は,『飲み』決定で。」
「あ・・・はい。」
芽衣子は「反省会」と
称して,よく陽和を
飲みに連れて行ってくれた。
とはいっても,
真面目に反省会を
することなんて
ほとんどなく・・・
多くの場合は,
陽和をいじるネタを
見つけたときが
多かった。
今日もきっとその・・・
おもしろいネタを
発見した・・
ということだろう。
結局,芽衣子の
アドバイスによって
まりちゃんは,
教室を出てくるころには
すっかり笑顔に
なっていた。
陽和は心の中が
もやもやとしていた。
まさか,保育士に
恋愛経験が必要と
なるとは・・・。
その日の夜。
陽和と芽衣子は,
「サシ」で飲んでいた。
「ひよりちゃん,
ホント最高。」
芽衣子は
けらけら笑いながら
陽和を指さす。
「もう!
めい子先生!」
「だって,
3歳児の恋愛に
太刀打ちできない
なんて・・・
可愛すぎる。」
面白がる芽衣子と
対照的に,
陽和は困り顔だった。
そう・・・。
確かにそう。
陽和は3歳児の
恋愛にすら
対応できないほど
恋愛経験が無かった。
そしてその現実が
突きつけられたことにより
陽和は若干・・・いや
かなり凹んでいた。
「でも陽和ちゃん,
これだけかわいいのに
彼氏いないなんて
信じらんない。
よっぽど男嫌いとか?
もしくは潔癖症とか?」
芽衣子は陽和の
恋愛経験のなさに
気付き,その理由を
探ろうとしていた。
「いえ・・そんなことは・・・。」
陽和には理由は
わかっていた。
自分が恋愛できないのは
きっと・・・
朔ちゃんに対する
後悔の気持ちが
強すぎるから。
「じゃあ,出会いがないだけ?」
「・・・あ・・・まあ。」
陽和は時々
こういう話題をふられる。
自分自身では
よくわからないけれど
周りには可愛いと言われ,
しつこく言い寄られた
ことも一度や二度ではない。
そして,
女友達には
どうして恋人を
作らないのかと
問われ,
挙句の果てには
男に興味がないのかと
聞かれてしまう。
だけど,そのたびに
なんとなく誤魔化して
きた。
周りの人たちも
自分自身に対しても。
なぜなら陽和自身にも
よくわからないのだ。
どうして恋愛が
できないのか。
どうやったら
恋愛ってできるのか。
恋愛の仕方が
わからないなんて,
二十歳超えた大人が
そんなのきっと
おかしい。
そういうことは
陽和自身自覚していた
けれど・・・。
3年生のころに
自然とできた「恋」が
全くできないのだ。
眉間にしわを寄せて
考え込む陽和に
芽衣子は
今にも吹き出しそうな
顔をしながら言う。
「陽和ちゃん…
考えすぎなんじゃない?」
「・・・え?」
もしかしたら,
芽衣子ならこの答えを
教えてくれるのかもしれない。
陽和は一瞬そんな
すがるような気持ちにすら
なった。
「恋愛なんて
考えたってできるもんじゃ
ないからさ・・・。
『恋は堕ちるもの』なのよ。」
芽衣子が言うことは
きっと正しい。
だけど,その
「堕ちる」ことが
これまでなかったのだ。
「・・・はあ・・・。」
陽和は,
その「堕ち方」を
是非教えてほしい,
と喉元まで出かかったけど,
さすがに言うのは
憚られた。
だけど「恋に堕ちる」という
感情が・・・全く
わからないわけじゃない。
遠い記憶だけれど・・・
陽和だって
間違いなく「恋に堕ちた」
ことはある・・・。
まあ,遠い遠い
3年生のころの
記憶だけど・・・。
好きって感情や・・・
ドキドキする胸の鼓動や・・・
赤くなる気持ちは・・・
陽和も身に覚えがある・・・。
3か月ほど経った。
少しずつ仕事にも園にも…
そして子どもたちにも
慣れて来た陽和は,
芽衣子ほどまでは
いかないものの,
明るくテキパキと
仕事をしていた。
「ひよりせんせ。
まりちゃんが,
ないてるよ。」
しょうくんが
陽和のところに来て
そう告げた。
陽和は不思議に思った。
どうしたんだろう?
しっかり者の…
どちらかというと
気の強いまりちゃんが
泣いているなんて…。
「どうしたの?
まりちゃん?」
まりちゃんは
一向に泣き止む様子は無く,
話をし始める様子もない。
陽和は困惑してしまった。
「うーん・・・
どうしたのかな?
まりちゃん・・・
こっちに来て
お話ししようか?」
そういうと
まりちゃんは
こくりと頷いた。
外遊びの時間なので
教室は誰もいない。
教室に入ってからも
まりちゃんは,
泣き止む様子がない。
「まりちゃん。
おはなししてくれないと
何があったか
わかんないんだけどなあ。」
「・・・・。」
まりちゃんは
こくりと頷くけれど
まだしゃくりあげて
話ができる状況にない。
外を見ると,芽衣子が
室内にいる陽和に
目配せをする。
たぶん,外は見てくれるから
話をきけという
ことだろう。
と陽和は解釈した。
陽和は10分ほど,
彼女が泣き止むのを
待った。
そしてようやく
まりちゃんは話を
はじめた。
「あのね・・・
しょうくんがね・・・。」
まりちゃんが語り始めた
「原因」人物は意外な
人だった。
「え?しょうくん?」
しょうくんは,
まりちゃんが
泣いていると教えてくれた
張本人なのだけれど。
陽和は話がよめず,
もう一度まりちゃんに
聞き返そうとした。
「しょうくんが
何かしたの?」
そう聞くと,
まりちゃんは,
首を横に振る。
「あのね・・・
前はね,
しょうくん,
まりのことがすきだって
いってたのに。
きょうは,
るりちゃんのことが
すきだって
いったんだよ。」
「えっ?」
思わず陽和は
声をあげてしまった。
なにそれ!
三角関係ということ!?
3歳児,恐るべし。
まさかの恋愛がらみの
話題に,女子の
末恐ろしさを感じていた。
そして,陽和は
戸惑いながらも
自分の恋愛経験のなさを
残念に思った…。
たぶんこの手の話は
芽衣子先生なら
経験豊富だろうに。
まりちゃん,
よりによって
恋愛経験0の
私にそんなこと
相談するなんて・・・。
初恋のまま
恋愛時間がストップしている
陽和にアドバイスを
求められても
うまく対処できるはずはない。
陽和はありったけの
考えを振り絞って
まりちゃんに返答した。
「そっかあ。
でもさ・・・
しょうくんは,
まりちゃんも,
るりちゃんも,
みんなのことが
すきなんじゃないかな?」
「・・・それって
うわき・・・?」
「へ!?」
まりちゃんの答えに
陽和はたじろいだ。
・・・ああ・・・
だめだ・・・。
私・・・3歳児よりも
恋愛勘が鈍っているかも
しれない…。
そうか…
3歳児でも独占欲は
あるのね…
女子は何歳でも
女子なんだわ…。
万人を愛する気持ちでは
事足りないわけね…。
「・・・う・・うーん・・。」
陽和は頭を抱えていた。
窓の外では芽衣子が
心配そうにこっちを
眺めている。
陽和は目配せして
ヘルプを求めた。
芽衣子は
苦笑いしながら
教室の中に入って来る。
どちらかは
外で見ていないと
いけないので,
陽和はまりちゃんに
断りを入れて外に出る。
「ま・・・まりちゃん,
続きは,めい子先生に
聞いてもらおう!」
陽和は顔を赤くしながら
芽衣子に頭を下げた。
・・・情けない。
私は3歳児よりも
恋愛経験が乏しいのか。
すれ違いざまに
芽衣子に概要を伝える。
「え・・・えっと・・・
れ・・・恋愛がらみの
ご相談です。」
「はあ?」
芽衣子は意外な
ことをいう陽和に
クスクスと笑った。
後で聞くと,
余りにも困り顔の陽和に
よほど深刻な問題だったの
かと思って
心配していたらしい。
「・・・もしかして,
陽和先生,苦手分野?」
そう言われ・・・
陽和は・・・こくりと頷いた。
芽衣子は今度は
思いっきり吹き出して
笑った。
「あはは!了解。
陽和先生,
今日は,『飲み』決定で。」
「あ・・・はい。」
芽衣子は「反省会」と
称して,よく陽和を
飲みに連れて行ってくれた。
とはいっても,
真面目に反省会を
することなんて
ほとんどなく・・・
多くの場合は,
陽和をいじるネタを
見つけたときが
多かった。
今日もきっとその・・・
おもしろいネタを
発見した・・
ということだろう。
結局,芽衣子の
アドバイスによって
まりちゃんは,
教室を出てくるころには
すっかり笑顔に
なっていた。
陽和は心の中が
もやもやとしていた。
まさか,保育士に
恋愛経験が必要と
なるとは・・・。
その日の夜。
陽和と芽衣子は,
「サシ」で飲んでいた。
「ひよりちゃん,
ホント最高。」
芽衣子は
けらけら笑いながら
陽和を指さす。
「もう!
めい子先生!」
「だって,
3歳児の恋愛に
太刀打ちできない
なんて・・・
可愛すぎる。」
面白がる芽衣子と
対照的に,
陽和は困り顔だった。
そう・・・。
確かにそう。
陽和は3歳児の
恋愛にすら
対応できないほど
恋愛経験が無かった。
そしてその現実が
突きつけられたことにより
陽和は若干・・・いや
かなり凹んでいた。
「でも陽和ちゃん,
これだけかわいいのに
彼氏いないなんて
信じらんない。
よっぽど男嫌いとか?
もしくは潔癖症とか?」
芽衣子は陽和の
恋愛経験のなさに
気付き,その理由を
探ろうとしていた。
「いえ・・そんなことは・・・。」
陽和には理由は
わかっていた。
自分が恋愛できないのは
きっと・・・
朔ちゃんに対する
後悔の気持ちが
強すぎるから。
「じゃあ,出会いがないだけ?」
「・・・あ・・・まあ。」
陽和は時々
こういう話題をふられる。
自分自身では
よくわからないけれど
周りには可愛いと言われ,
しつこく言い寄られた
ことも一度や二度ではない。
そして,
女友達には
どうして恋人を
作らないのかと
問われ,
挙句の果てには
男に興味がないのかと
聞かれてしまう。
だけど,そのたびに
なんとなく誤魔化して
きた。
周りの人たちも
自分自身に対しても。
なぜなら陽和自身にも
よくわからないのだ。
どうして恋愛が
できないのか。
どうやったら
恋愛ってできるのか。
恋愛の仕方が
わからないなんて,
二十歳超えた大人が
そんなのきっと
おかしい。
そういうことは
陽和自身自覚していた
けれど・・・。
3年生のころに
自然とできた「恋」が
全くできないのだ。
眉間にしわを寄せて
考え込む陽和に
芽衣子は
今にも吹き出しそうな
顔をしながら言う。
「陽和ちゃん…
考えすぎなんじゃない?」
「・・・え?」
もしかしたら,
芽衣子ならこの答えを
教えてくれるのかもしれない。
陽和は一瞬そんな
すがるような気持ちにすら
なった。
「恋愛なんて
考えたってできるもんじゃ
ないからさ・・・。
『恋は堕ちるもの』なのよ。」
芽衣子が言うことは
きっと正しい。
だけど,その
「堕ちる」ことが
これまでなかったのだ。
「・・・はあ・・・。」
陽和は,
その「堕ち方」を
是非教えてほしい,
と喉元まで出かかったけど,
さすがに言うのは
憚られた。
だけど「恋に堕ちる」という
感情が・・・全く
わからないわけじゃない。
遠い記憶だけれど・・・
陽和だって
間違いなく「恋に堕ちた」
ことはある・・・。
まあ,遠い遠い
3年生のころの
記憶だけど・・・。
好きって感情や・・・
ドキドキする胸の鼓動や・・・
赤くなる気持ちは・・・
陽和も身に覚えがある・・・。