赦せないあいつと大人の恋をして
憧れの女性
「あれ? エプロンは?」

「もう外しました」

「何だ。もう一回着けて」

「嫌よ。龍哉が変な事を考えそうだから」

「バレた?」笑ってる。

「うん。龍哉は分かりやすいから」
 下心ミエミエなんですけど。

「本当に?」
 ぎゅっと抱きしめられて、そっと頬にキスされた。
「今のは予想出来た?」
 顔を覗き込まれて龍哉が聞く。

「意地悪ね。ううん、我が儘なのよ、龍哉は……」

「綾の前でだけだよ」

 照れてるのが分かって、ちょっと嬉しかった。

「何を見てるの?」

「連ドラ。見たいなと思って撮ってあったんだけど見る暇がなかなかなくて」

「今、放送してるもの?」

「ちょっと前のかな。主演の女優さんが好きなんだ。綺麗な長い髪でスタイルも良いし可愛いだろう?」

「うん、そうね」
 大学時代に良く似てるって言われた女優さんだった。自分では似てないと思うのだけれど……。

「そういえば綾、ちょっと似てるよな。言われた事ない?」

「ん? ないわよ。私、こんなに綺麗じゃないもの」

「そんな事ないよ。綾の方が綺麗だよ」

「本物を見た訳じゃないんでしょう? 女優さんになるくらいだもの。きっと凄く綺麗よ」

「それが偶然見掛けた事があるんだ。街中で撮影してるところに遭遇して。凄く綺麗だった。それから見るようになったのかな?」

「本物を見てファンになったって事?」

「まぁ、そうかな。十年くらい前の話だよ」

「二十歳の頃? 大学生の時ね。年上の女性に憧れる年齢だったのね」

「そうかもな。今は年下が良いけど」

「う~んと年下だったりしてね。ロリコンの趣味もあるの?」

「ないよ。適度に年下がいいな。綾がベストだよ」

「お世辞をありがとう」
 ちょっとだけ嫌味を言ってやりたくなった。

「綾に、お世辞を言ってどうするんだよ」

「でも龍哉にだって好きな人がいたでしょう?」

「思い出って大切なものだろう」
 龍哉はテレビの画面を見ながらも……。どこか遠い場所に想いを馳せているように見えた。

「忘れられないくらい好きだった人が居るの?」
 龍哉の横顔を見ながら聞いてしまった。

「あぁ、居るよ。二人だけな」
 とても穏やかに答えが返って来る。

「二人も居るの? どんな人? 綺麗だった?」
 心の中がザワツイテいた。どうしようもなく……。

「あぁ、美人だった。それから心は、もっと綺麗だったよ」
 優しい声で答える。

「そうなんだ……」
 龍哉にも、そういう思い出があったんだ。

「どうした?」
 私の顔を覗き込んで言う。

「どうもしない……」
 不安に胸が波立っているのが自分でも良く分かった。

「一人は年上の人だった。優しくて温かくて、もっと甘えたかった」
 龍哉は懐かしそうに話す。

「…………」
 動揺している。

「もう一人は……」

「もういい。聞きたくない」

「ヤキモチ妬いてくれたのか?」

「そんなことないもん……」

「ばかだなぁ。お袋の事だよ」

「えっ? お母さん? じゃあもう一人は?」

「俺が生涯たった一人だけ大切に愛していこうと決めた人だ」

「えっ?」

「今、俺の隣で勝手に誤解してむくれてる奴だ」

「もう、龍哉なんて大嫌い」

「そうか? 俺は綾が大好きだよ」

「ばか……」
 涙が零れた。心配したんだから……。龍哉の気持ちの中に、ずっと誰か居るのかと思って……。

「泣く事ないだろう」

 そっと抱きしめられる。龍哉の腕の中に……。

「だって……」
 本当に忘れられないくらい好きだった人が居るんだと思ったから。大切な思い出には勝てないと思ったから……。
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