赦せないあいつと大人の恋をして
お泊り
 龍哉の胸に抱かれて知らない内に眠ってしまっていた。ふと目覚めてレースのカーテンの向こうに夕闇の存在を知る。つけっぱなしのテレビの画面からの明かりで部屋の中がやっと見える。龍哉はよく眠っている。

「ツ・カ・レ・タ・ノ?」
 声を出さずに寝顔に聞いてみた。さっきの龍哉のセクシーな男の顔を思い出す。

「あぁ、綾……」

「目が覚めた?」

「綾は起きてたの?」

「ほんの少し前にね。私も眠ってた」

「疲れた?」

「それは龍哉でしょう?」

「俺はまだまだ元気だけど」

「ばか……」

「外、もう暗いんだな。そういえば腹減った」

「カレー温めるから」

「そうだった。あぁ、綾、何か着る物を出すよ」

 龍哉は裸のままクローゼットを探す。薄明かりに照らされた龍哉の後ろ姿は見惚れるくらい素敵だと思った。

「はい。ちょっと大きいけど」

 渡されたスエットの上下を身に着けて……。裾は折り曲げてブカブカのウエストはベルトを借りた。首周りがちょっと開き過ぎて鎖骨が見える。袖はかなり腕捲り。

「良く似合うよ」笑いながら龍哉は言った。

 小さなテーブルで温めたカレーとナンで夕食を済ます。
「うん。美味かったよ」

「そう?」

 ブカブカなスエット上下にエプロンという不思議なスタイルで後片付け。お揃いのようなスエット姿の龍哉も食器を拭いてくれてすぐに片付いた。

「今夜、泊まってく?」

「帰る……」

「分かった。送るよ」

「引き止めてくれないの?」

「我が儘な、お嬢さんだな」

「龍哉の我が儘に比べたら、どうって事ないでしょう?」

「あぁ、可愛いよ。食べちゃいたいくらい」

 龍哉の唇が私の髪にそっと触れる。
「帰さない」
 抱きしめられ髪を撫でられて私は龍哉の胸の鼓動を感じていた。一緒に居たい。いつも龍哉の肌の温もりを感じていたい。ずっと永遠に。



 翌朝、龍哉の腕の中で目覚めた。無断外泊なんて初めての経験。もっとも一人暮らしなのだから昨夜に限って急に誰かが訪ねて来る事もない。あるとしても携帯に掛けて来て所在を確認してから来ると思う。

 昨夜は食事の後、龍哉は近くのショッピングモールに連れて行ってくれた。

「必要な物があるんだろう? 男には分からないけど」

 化粧品やシャンプー、それに下着の替えなど。ランジェリーショップで暖かそうな素材の部屋着を見付けて購入。甘過ぎないラベンダーがかったピンクのふんわりしたワンピースとレギンス。それから明日の朝用の食材も買った。マンションに帰って

「シャワー浴びたら?」と龍哉に言われた。

「うん。でも龍哉が先に浴びて」

「それとも一緒に入る?」

「ううん。そんなの無理……」
 恥ずかし過ぎる。まさか真っ暗なバスルームで入る訳にはいかないし。

「丁寧に洗ってあげるのに……」
 そう言って笑いながら龍哉はバスルームに消えた。

 買って来た食材を冷蔵庫にしまって。化粧品や洗顔なども使えるようにパッケージを外す。部屋着と下着もタグを外して、すぐに身に着けられるように。すると間もなく龍哉が出て来た。

「さっぱりした。綾も入っておいでよ」

「うん。そうさせてもらうね」
 私は着替えや化粧品などを持ってバスルームに入った。

 洗面台の横には男性用の化粧品やシェイバーが並んでいる。その隣に化粧品とハブラシを置く。

 バスルームに入ると男性用のシャンプーやボディシャンプー。私は買って来たホワイトローズの甘い香りのボディソープで全身を洗った。シャンプーも同じ香り、メイクも洗い流してもう一度熱いシャワーを浴びた。そしてそのまま龍哉のシャンプーの隣に並べて置いて出た。

 龍哉が置いてくれていたバスタオルで体に残る水分を拭いて。買って来たばかりのキャミソールとショーツ、部屋着を身に着ける。洗面台でスッピンの顔にジェルをつけドライヤーで長い髪を乾かす。バスルームを出るとソファーで寛いでいる龍哉が

「さっぱりした?」

「うん。ありがとう」隣に座った。

「綾のスッピンは二度目だったかな?」

 まじまじと顔を見詰められる。

「風邪ひいて看病してもらった時よね」
 私がまだ菅田龍哉という人間を信用すらしていなかった頃。

「あの時より今夜の方が綺麗だ」
 そっと頬に手を当てられる。

「だって……。風邪ひいてる時に綺麗なんて無理よ」
 熱もあったし自分の体一つ思うように動かせなかった。

「違うよ。綾は、あの時も綺麗だった。あんなに綺麗な素顔を初めて見た。でも今夜は特別なんだ。男に愛された後の女は綺麗なんだよ」

「ばか……」
 そんな恥ずかしい事をさらっと言わないで……。

「自分で気付かない? 何ともいえない色っぽさが漂うんだよ」

「色っぽくなんてないから」

「大人の女性の柔らかい雰囲気を感じる」

「それは龍哉のせい?」

「あぁ、そうだよ。俺のせい。もっと色っぽくなってみる?」
 抱きしめられた。

「綾って細くてスタイル良いのに抱きしめると柔らかくて気持ち良い。シャワーの後の清潔な甘い香りが堪らないよ」

「もう、龍哉ってやっぱり肉食系男子? ううん、肉食獣なのよね」

「可愛い子羊が傍に居るのに何もしない草食系男子の気が知れない」

「草食系男子も好きよ。繊細な雰囲気が素敵だと思うけど」

「綾は草食系男子が好みなの?」

「嫌いじゃないわよ」

「じゃあ、今夜は草食系男子になるかな」

「うん?」

「俺、もう眠くなった。寝よう」

 そのままベッドに連れて行かれる。柔らかな暖かい毛布の中で龍哉に抱きしめられて眠る。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
 シャワーで温まった体と龍哉の腕の中の心地好さとですぐに眠りに着いた。



 それからも日曜が休みの時はドライブしたり二人で過ごす事が多くなった。月に一度くらい龍哉が連休の時はマンションで二人だけで過ごす。でも龍哉は私のマンションに泊まる事はなかった。

「独身の一人暮らしの女性の部屋に男が出入りするのは良くないと思う。綾に変な噂が立ったら、ご家族に申し訳ないから」

 派手な遊び人だったはずの龍哉から、そんな言葉を聞くとは思わなかった。大切にされている事を実感していた。二人だけで過ごす時間は心から龍哉に愛されているのだと思えた。

 いつの間にか寒い冬が終わり優しい陽射しの春が来ていた。
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