赦せないあいつと大人の恋をして
男の仕事
真っ赤なスポーツタイプの車だと誰かが言っていたのを思い出した。でも男が乗って現れたのは、どこにでもある普通の白いセダン。助手席のシートにはヘルメットが置いてあった。
「あっ、ごめん。現場に行く事が多いから必需品なんだ」と笑った。
「世田谷だったかな?」車を出しながら聞いた。
「駅まででいい」と言うと
「副社長との約束だから、ちゃんと送るよ」そう言われた。
走り出して十分もしない内に男の携帯が鳴った。車を路肩に停めて「ごめん」と言いながら出る。少し話して電話を切った男は
「仕事でトラブったみたいなんだ。ここからすぐだから少しだけ付き合って」
そう言って男は車を走らせた。
着いたところは小さなマンション? の建築現場だろうか。
「すぐ戻るから」
ヘルメットを被りながら歩いて行くのが見えた。男を待っていたのは、中年の作業服を着た現場監督? 大工さん? 何か話している。
エンジンが掛かったままの車の窓を開けてみた。笑い声が聞こえる。何を話しているんだろう。
「じゃあ、それでお願いします。監督が気付いてくれて良かった」
「この道三十五年。まだまだ坊ちゃんには教える事位いくらでもあるよ」
と日に焼けた顔をほころばせ笑っていた。
「あれ? 珍しいね。坊ちゃんの車に女性が乗ってるなんて。またスゴイ別嬪さんだね。彼女かい?」
「違うよ、元さん。あんな綺麗な人が俺の彼女の訳ないだろう」
「この仕事は女っけ無いからな。あぁ済まなかったね」
「後はよろしくお願いします。また明日寄ります」
ヘルメットを後ろの座席に置いて車に乗り込む。
「付き合わせて済まなかった」
「トラブルは? もう大丈夫なの?」
「あぁ、やっぱりベテランの職人には敵わないよ」と笑った。
そういえば営業部にいた頃より日に焼けて精悍な顔つきに見える。
だからどうした? 日焼けして逞しくたって悪い奴は幾らでも居るだろう。
そのままマンションから少し離れた場所まで送ってもらった。
「きょうは本当にありがとう。会えて嬉しかったよ。返事は君の方から断っておいて。君なら素晴らしい男に出会えるよ。きっと幸せになれよ。じゃあ、これで最後だ。もう二度と現れないから」
そう言われて男の顔を見た。どうしてだろう……。言葉ではとても説明出来ない何かが私の胸の中にあった。自分でも、それが何なのか分からなかった……。