赦せないあいつと大人の恋をして
あいつ

 結局私は、あの男のマンションのあいつが使ってるベッドに横になったまま。すぐそこに見えている玄関まで、立って歩いて行く事も出来そうにない。三十九度の熱に頭も天井もグルグル回っているように感じる。

「出掛けて来るから、ちゃんと寝てろよ」
 そう言って、あいつは出て行った。

 絶対に眠ったりしない。意地を張ったところで、熱に浮かされて、体中が痛くて力すら入らない。そのまま吸い込まれるように眠っていた。



 ここは、どこだろう……。緑の綺麗な景色の中を歩いている。私の前には、誰だろう。男性がどんどん歩いて行くのが見える。

「待って」
 声を掛けたら振り向いたのは、お兄ちゃん。

「綾、早く来い」
 そう言うと私を置いて行ってしまう。

 私は何とか追い付こうと急いで歩いて転びそうになった。

「綾、大丈夫か?」
 私を抱えてくれたのは、あいつ。

 お兄ちゃんは何処なの? と思ったところで目が覚めた。


 夢……。


 義姉の妊娠を聞かされて、少なからず私は動揺していた。結婚している夫婦の間に、赤ちゃんが出来るのは当然の事。しかも仲の良い兄夫婦なら、なおさらのこと。

 この気持ちは嫉妬? 大好きなお兄ちゃんの赤ちゃんを身ごもった義姉に対して?
 そんなことない。心から祝福している。生まれて来る子は私にとっても甥っ子か姪っ子なのだから。

 でも、この寂しさは何? 私は一人だから……。独りぼっちだから……。恋愛感情なんてもの、何処かに置いてきてしまったから……。


 そんな事を考えていたら玄関のドアが開いて、あいつが帰って来た。何だか、たくさんの荷物を床に下ろしてベッドに近付いて来る。

「起きてたのか? 眠れない?」

「ううん。少し眠ったから」

「そうか。ちょっと待ってて」
 キッチンで何かを始めてトレイで持って来た。

「薬を飲むのに何かお腹に入れた方が良いと思って、レトルトのおかゆ買って来た。食べられそうか?」

「ううん。いい」

「少しだけでも食べろって」

 私の上半身を起こして背中に大きなクッションを入れてくれた。

「ほら、食べて」
 スプーンに少しおかゆを乗せて私の口に運んでくれる。

 仕方なく二口食べた。でも
「もういい」

「そうか。美味しくない?」
 そう言うと男はおかゆを食べ始めた。
「結構、いけるけどな」

「風邪、うつるのに……」と言うと

「お前の風邪なら構わないよ。うつしたら治るって言うし」
< 19 / 107 >

この作品をシェア

pagetop