赦せないあいつと大人の恋をして
ため息
「タクシー捕まえるから」
「俺が送れば、そのままコートはおって帰れるだろ」
「あぁ、このスエット洗って返せば良い?」
「いいよ。返して貰っても着る奴いないし。気に入らなかったら捨てて」
「そんな。いくらだった? 買い取るから」
「俺が勝手に買ったんだから、気にしなくていいよ」
「本当にいいの?」
「あぁ」
「じゃあ、ありがとう」
そのまま私はスエット上下にロングコート、おまけにパンプスという可笑しな出で立ちで、あいつの車に乗ってマンションまで送って貰った。
マンションの前で車を止めてあいつは
「風邪、ちゃんと治せよ」
「うん。いろいろありがとう。じゃあ」
車を降りて部屋に向かった。
この格好で、あまり人には会いたくない。朝、出社して、夜帰る。同じマンションに住んでいても、それ程、会うこともない。
ただ同じ時間帯に出勤する何人かの同世代くらいの女性と、もう少し上かなと思われる男性はいる。会っても特別話す訳でもなく会釈程度だけれど。それでも、このファッションでは、出来れば、お会いしたくはない。
きょうは、土曜日。
仕事なら、もう出掛けているはずだし、お休みなら部屋で寛いでいるだろう。
良かった。誰にも会わずに部屋に無事到着。思わず笑った。
とにかく、まずシャワーを浴びたかった。ホワイトローズの甘い香りのボディソープで全身を洗った。シャンプーも同じ香り。メイクも落せる洗顔でさっぱりスベスベ肌。しっかりドライヤーで髪も乾かしながら、髪、切ろうかな。唐突にそう思った。きょうは無理だけど。
気持ちまで、さっぱりしてバスルームを出た。
ゆったりした気持ちで甘めのレモンティーを入れて飲む。美味しい。お気に入りのソファーで、ため息をつく。
そうだ。熱。体温計を出して計ってみる。三十七度二分。どうやらインフルエンザではなさそうだ。良かった。
何か軽く食べて、貰った薬を飲んで、きょうも寝よう。
えっ? 薬……。
医療費を払ってない。保険証も出してないから実費で出してくれたんだ。
どうしよう。
携帯の番号も知らない。マンションの住所も……。
昨夜、仕事で会社の近くに来ていたと言っていた。
偶然出会うのを待つ?
会社の誰か、彼の携帯を知らないだろうか?