赦せないあいつと大人の恋をして
二人の空間
 いけない。気持ちを切り替えなければ……。
 考えてみたら約束をして二人で出掛けるのは初めての事なんだ。この車の助手席には度々乗っていたから忘れていた。

「ごめん。お化粧直してもいい?」

「うん。まだ目が痛むのか?」

「ううん。大丈夫。向こう向いててね」

「分かったよ」

 コンパクトを出してティッシュで涙とよれたファンデを拭き取る。アイメイクは濃い方じゃないからパフで押さえておしまい。

「母さんも、よくそうやって化粧を直してた気がする」

「えっ?」

「何でだろう。なんとなく似てるんだ、君と母さん。君みたいに背が高かった訳じゃないし、小柄な普通の母親だったのに」

「どんな人だったの?」

「そうだな。料理が得意で洗濯が好きな、良く笑う優しい人だったかな」

「そう」
 美味しいオムライスを作ってくれた人だもんね。

 それから少し会話が途絶えた。優しかった母親を思い出しているのだろうか。

 信号で停まってウインカーの音が聞こえる空間。ただ二人で黙って居ても、それが気になる事もない。何か話さなければという焦りも全く感じない。隣に座っている事が苦痛でも何でもない。ずっと前から私の居場所だったような気さえする。穏やかな静かな居心地の良い場所。

「そうだ。夕飯は何が食べたい?」

「う~ん、特に希望はないけど。任せるから」

「美味しい和食の店があるんだけど、お刺身とかは大丈夫?」

「うん。大好き」

「じゃあ、そこにしようか。昔、兄貴が頼まれて造った店舗なんだ」

「そうなの。お兄さんも会社を手伝ってるの?」

「うん。兄貴は建築とか内装とか凝るのが好きだから向いてるんだ。だから俺は会社は兄貴に任せて違う仕事をしようと思ってあの会社に入った。でも昔より会社も大きくなって手伝って欲しいと呼び戻された。俺、大学では建築の勉強してたからさ。いずれ役に立てばと思ってだけど」

「お兄さんと仲良いんだ」

「というか昔から兄貴には頭が上がらない。兄貴は親父とずっと真面目に仕事をして来たから。俺は遊び人の学生だった。それでも大目に見てくれてたから感謝はしてる」
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