妖しく溺れ、愛を乞え
「どこか、痛いの?」

「いや」

「……」

「めまいがしただけだ。参ったね……」

 めまいだけじゃ無いはずだ。うそつき。こんなに頻繁に倒れていたんじゃ、たまったもんじゃない。

「明日、休んでね。横になっていた方が良いよ」

 昼間、出かけたのが良くなかったのかもしれない。少しと思って油断した。あまり無理をさせてはいけなかったんだ。

「……そうだな。明日も休むよ。支店長には連絡しておく」

 深雪は深呼吸をした。少し落ち着いただろうか。

「ごめんね。外出で無理させて」

「なんで謝る。楽しかったから良いんだ。来週は水族館だっけ?」

「……いいよ、行かなくて」

 こんなに弱っているのに、無理して出かける必要は無い。出先で倒れられたら大変だ。

「またそうやって意地を張る。俺のことが好きで好きで一緒に居たくて、仕方がないって言え」

「……言わない、そんなこと」

 こんな冗談を口にできるなら、まだ元気という証拠。少しだけ、安心した。

 ふふっと笑った深雪が、苦痛に顔を歪めた。体を揺らしたから痛みに響いたのかもしれない。

「……っ」

「大丈夫? ちょっと待って」

 あたしはベッド上の深雪に唇を寄せ、ゆっくりと深い口付けをした。
 舌を差し入れて、自分のではない舌に重ねる。深雪は深く呼吸し、あたしの唇を吸う。手が、背中に回った。
 体を求めてくるかもしれない。病院には連れて行けない。あたしにできることはこれだけ。

 あたしは深雪から離れ、Tシャツを脱ごうと裾をたくし上げた。すると、その手を止められる。

「いいんだ、ごめん」

 そう言って、優しく裾を直してくれる。その手で、あたしの頬に触れた。優しく、とても優しく。

「もう、良いよ……ありがとう雅。大丈夫だ」

「もう良いって、なに」

 あたしがそう言うと、目を細めて深雪が微笑む。なんか、そういう顔して誤魔化してない?  

「お腹、空いただろうってこと。腹ぺこじゃセックスできないだろう。俺は良いけど」

「なっ……!」

 帰宅して開口一番、空腹を訴えたことを思い出した。空腹でセックスって……下品な……なんなの、もう。

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