妖しく溺れ、愛を乞え
「あ、あの、出張……」

 なにかが、おかしい。

「ん? 通達が来たのか? いつだ。知らなかったな」

「通達……は」

「春岡くん見てた? なにしに来るんだろ」

 おかしい。

「あの……部長」

「なんだ?」

 部長はパソコンをカチカチやりだした。

「専務は、今年おいくつなんでしょうね」

 いつもと変わらない朝。いつものざわめきと請求書の山。深雪の名前が無いボード。

「さぁ。じいさんだけどなぁ。70にはまだなってなかったはずだな」

 本店の専務、尾島深雪。長期出張。出張先は仙台。

「どうした? なんか顔色悪くないか?」

「いえ、なんでもありません」


 あたしはデスクに戻り、グループウェアのアドレス一覧を見た。

「無い」

 スケジューラー一覧にも無い。社員一覧、組織図にも無い。もっとも、深雪が来てから組織図をあらためて見たことは無かった。

「どういうこと……?」

 うろたえていると、電話が鳴った。部長が電話を取ってくれる。
 どうしたんだろう。深雪の名前と痕跡が無い。どういうことなの。

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