妖しく溺れ、愛を乞え
「春岡くん、支店長呼び出してくれるかな。本店から電話入ったって」

「は、はい」

 受話器を取り、支店長の携帯を呼び出す。2コールで出た。

「お疲れ様です。本店からお電話が入っています。折り返し……」

 上の空で用件を伝えた。

「分かった。もう少ししたら1度戻るからその時に」

「承知しました」

「部長にもそう伝えて……」

「あ、あの支店長」

 このまま電話を切られそうだったから、急いで言葉を出した。

「なんだ?」

「専務は……出張されていますよね?」

「そうなのか? どこに。俺は聞いていないけど」

 支店長も知らない。

「そうならあのじいさんのことだから日本酒飲みたいとか刺身食いたいとか言いそうだよなー店予約しなくちゃなんねぇ」

 じいさん。おじいちゃん専務。尾島専務じゃなくて……?


「……す、すみません。間違えたみたいです」

「なんだ? 雅ちゃんどうした」

「いえ、すみません。なんでもない……です」

 取り繕って、電話を切った。
 深雪のこと、分からないの? なぜ。

 スマホを取り出して、深雪の携帯にかけようとした。

「……あれ」

 履歴をスクロールして、番号が見つけられない。アドレスにも。

「え? え?」

 メール履歴にも、もう一度見たアドレス、発信履歴。どこにも。どうして無いの? なんで?
 嫌な予感が頭を過ぎる。まさか。

 スマホを仕舞うと、部長のところへ行った。

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