妖しく溺れ、愛を乞え

 ◇


 本当は、大声で泣き喚きたかった。


「もう終わりにしたい」

 その台詞の「もう」がどこにかかっているのか、別れ話を何度もしたわけじゃないのに。
 なんだろうこれ。潤の声、これはあまり聞いたことの無いトーンだった。あまり聞いたことの無い声のトーンと、この部屋で聞いたことが無かった台詞。別れたいとか、さよならしようとか。ふたりの関係を終了させるような言葉。

「どうして」

「もう好きじゃない」

 社会人になってから出来た、交際2年同棲1年で、なんとなく結婚を考えていた恋人の潤に、そんなことを言われてから、荷物をまとめて出て行くことになるまで、2時間だった。きっかり2時間。あたしは時間にうるさい。

「出ていくね」

「ごめんな」

「……あ、あの、あたし」

「雅のこと、好きじゃなくなったんだ。ごめん」

 子供っぽい別れの台詞だなって思いながら、悪そうな顔ひとつしない彼に生卵でもぶつけてくれば良かった。
 好きじゃなくなったって、はいそうですかって出てくるあたしもあたし。

 分からなかった。潤の変化に気付かなかった。前兆も予感も。油断していたのかもしれないし、鈍感だったのかもしれない。なにが悪かったのか。でも、もう離れてしまった彼の心に問いかける気持ちも起きなかった。

 あたしは、恋人に捨てられた。


 高校生の時、部活で使っていたスポーツバッグ3個、キャリバ1個。リュックも背負っている。タクシーの運転手さんが優しくて、荷物をフロントまで一緒に運んでくれた。そしてフロントの人も、部屋まで運んでくれた。家出か夜逃げってバレバレの感じのあたしに、みんな親切。その優しさ、胸に染みます。

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