妖しく溺れ、愛を乞え
「……子供の頃、おばあちゃんが夕暮れ時に出る妖怪とかの話をしてくれたっけ。住んでいた地域にこんもりとした山があって、そこは冬になると雪女が出るって」

「俺の母親は雪女だ」

「う、うそでしょ!」

 あ、また白目。

 おばあちゃん。

 あたしは真っ直ぐに生きてきたつもりだけれど、いまその妖怪に捕まっています。母親が雪女だそうで、雪を吐き出す妖怪で、うちの会社の専務です。


「あたし、食われるの? 冷凍にされて……」

「食わない。骨っぽいしまずそうだし、毛が長くて邪魔だ」

「……」

「俺は、雅に惚れている」

 食わないけれど、まずそうだけれど、惚れている。

 取って食われるよりはマシかもしれない。でも、相手は妖怪だ。人間の成人男性じゃない。もう、なにもかもがおかしい。

「いやあの」

「お前も、俺を愛せ」

「なんでそうなるの」

「俺が、雅を愛しているから」

「はぁ……」

 すごい。恥ずかしくないのかしらこの人。妖怪ってそういう神経が麻痺しているのかもしれない。

 あたしはもう顔から火が出そうで、でもまだ寒くて、顔と体の温度差でおかしくなりそうだった。


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