妖しく溺れ、愛を乞え
 急いで、でも丁寧にお茶を入れ、再び支店長室へ行く。忙しいな。

「失礼いたします」

 入った時、ちょうど3人で楽しそうに笑っていた。ちらっと深雪の顔を見ると、それはもう楽しそうに。その笑顔を見て、あたしも少し口元が緩んでしまった。

「尾島専務、独身なんですか。どうですか、今度うちの娘と会ってみませんか」

「僕、ゲイなんですよー」

 ガチャガチャ。置こうとして手が震え、湯呑みが鳴る。

 ゲイ発言にその場が一瞬にして凍りついた。さすが、雪の妖怪ね。なにそのウソ。ああ、ウソでもまわりは信じてしまったかもしれない。怖い。

 ゲイなわけが無いんだけれど。このエロ妖怪が。いや、待てよ……分からない。二刀流かもしれない。

「まぁ今度一度、食事でも」

「ハハハ」

 興味無くて、適当にあしらっている感じありありなんだけれど。

 なるほどねぇ。独身専務ならこんな話も持ちかけられるのか。ドラマみたい。

 静かに支店長室をあとにして、デスクへ戻った。

 初乃さんからの書類を一緒にして、社長さんがお帰りになったら支店長室へ置いて来よう。

「春岡さーん。電話」

「あ、はーい」

 深雪、食事に行くのかな。

 ふっと思ったけれど、電話をしたりどっさり請求書を寄越されたりして忘れてしまった。


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