妖しく溺れ、愛を乞え
定時で帰ろうと思っていたのに、帰り間際に営業から仕事を頼まれ、ダラダラと残ってしまった。ああもう、遅くなっちゃった。
深雪は、夕方出かけて、出先から直帰だと連絡が入っている。もしかしたらあたしの方が早く帰るかもしれない。
マンション近くの川にかかる、短い橋に通りかかった時だった。すっと黒い影が横切ったのに気付いた。なんだろう。猫かな。
「……」
大きい通りから一本入った場所だったから、少し寂しい道だなぁと感じる。でも田舎道や、それこそ山奥でもないから、そんなに心配することは……。
「おい、お前」
「えっ……!」
耳のそばで急に低い声がした。背筋に氷を入れられたように、体が硬直する。
「深雪丸と一緒に居る女は、お前だな」
キョロキョロを声の主を探した。居ない……姿が見えないのに、声だけがする。頭に響いているのか、それともそばに居るのか。
「ど、どちらさま、ですか」
「聞かれたことに答えろ」
「ひとに、し、質問するのに名乗らないなんて」
「お前、面倒くさい女だな」
カチンと来た。でも怖い。腹立つ……なんなの。
「なぜ一緒に居る。体でも奪われたか」
「……違います……あの」
瞬きをした間に、薄暗い道に人影が現れた。恐怖で震えが止まらない。声が出てしまいそうだった。
声の主……背の高い影。彼も妖怪だろうか。深雪の仲間なんだろうか。まさか、敵じゃないよね?
長い黒髪を1本に括った、色白で長身の男。暗くて全体は良く分からないけれど、目だけが銀色に光っている。その目が、人間ではないことを物語っているようだった。心なしか、空気がひんやりしているように感じる。彼も……雪の種類か。
「ふうん、なるほど……さすがにその匂いで分かるな。どうせ吸い取られ捨てられるんだろう」
「な、なによ」
「お前、あいつが何者だか知っていて、一緒に居るのか?」
言葉を返すことができない。この人が言っていることがもっともだからだ。
それと、妖怪はやはり、人間を食ったり吸い取ったりする。そうなんだよ。そうだったんだ。
「あたし、妖怪じゃないから、あの」
「それは見れば分かる」
長い髪を風がなびかせて行く。深雪と同じ妖怪なのだろうか。敵なのだろうか。
深雪は、夕方出かけて、出先から直帰だと連絡が入っている。もしかしたらあたしの方が早く帰るかもしれない。
マンション近くの川にかかる、短い橋に通りかかった時だった。すっと黒い影が横切ったのに気付いた。なんだろう。猫かな。
「……」
大きい通りから一本入った場所だったから、少し寂しい道だなぁと感じる。でも田舎道や、それこそ山奥でもないから、そんなに心配することは……。
「おい、お前」
「えっ……!」
耳のそばで急に低い声がした。背筋に氷を入れられたように、体が硬直する。
「深雪丸と一緒に居る女は、お前だな」
キョロキョロを声の主を探した。居ない……姿が見えないのに、声だけがする。頭に響いているのか、それともそばに居るのか。
「ど、どちらさま、ですか」
「聞かれたことに答えろ」
「ひとに、し、質問するのに名乗らないなんて」
「お前、面倒くさい女だな」
カチンと来た。でも怖い。腹立つ……なんなの。
「なぜ一緒に居る。体でも奪われたか」
「……違います……あの」
瞬きをした間に、薄暗い道に人影が現れた。恐怖で震えが止まらない。声が出てしまいそうだった。
声の主……背の高い影。彼も妖怪だろうか。深雪の仲間なんだろうか。まさか、敵じゃないよね?
長い黒髪を1本に括った、色白で長身の男。暗くて全体は良く分からないけれど、目だけが銀色に光っている。その目が、人間ではないことを物語っているようだった。心なしか、空気がひんやりしているように感じる。彼も……雪の種類か。
「ふうん、なるほど……さすがにその匂いで分かるな。どうせ吸い取られ捨てられるんだろう」
「な、なによ」
「お前、あいつが何者だか知っていて、一緒に居るのか?」
言葉を返すことができない。この人が言っていることがもっともだからだ。
それと、妖怪はやはり、人間を食ったり吸い取ったりする。そうなんだよ。そうだったんだ。
「あたし、妖怪じゃないから、あの」
「それは見れば分かる」
長い髪を風がなびかせて行く。深雪と同じ妖怪なのだろうか。敵なのだろうか。