妖しく溺れ、愛を乞え
「お、お疲れさまです」
「お昼? なに食べたの」
「おにぎり。みゆ……専務はお昼食べたんですか?」
社内で「深雪」と呼ぶわけにはいかない。
社内恋愛をしている人たちは少なくないと思うけれど、こんな面倒なことをしているのか……長期だと気が狂うな。
「これから。書類の処理してて、気付いたらこの時間だよ」
「食べに行ったら?」
「そうだな……角のパスタでも食べに行くか」
あたしなんか、コンビニのおにぎりなのに。
「いいなぁ、パスタ」
「今度、連れてってやるよ。ディナーで」
本当かしら。深雪なら自分で作った方が美味しいものが出来そう。
「あ、あのさ」
まわりに誰も居ないことを確認して、あたしは小声で声をかけた。
「今晩、飲みに行っても良い? 昔から通っているお店なんだけど、店長から連絡来て。しばらく行っていないから」
深雪は、ちょっと驚いたような顔をして、ネクタイをいじる。
「店長は男か?」
「女だよ……なに気にしてるの」
「心配だなー。雅、飲み過ぎてまた違う男に拾われるかもしれない。そして、その男を好きになってしまうかもしれない」
なにその心配。
「拾われないし……別に好きにならないし……」
「ふん」
「なにその独占欲。心配し過ぎでしょう。子供じゃあるまいし」
口を尖らせてみた。
「なぁ」
「ん?」
「キス、したい」
馬鹿じゃないの。なに言ってるんだか……。
「こっち、来て」
腕を引かれ、近くの資料室へ連れ込まれた。
「ちょっと!」
深雪が後ろ手で施錠するのが見えた。あたしは、室内を見渡す。そんなに広くない場所だけれど、たまに昼休みに営業のひとが仮眠をしている時がある。
本棚とラックが壁にビッシリ並べられ、中央に長机。誰も居なかった。誰かが居たらもう深雪を突き飛ばしてでもここから出るしか無い。
ホッとしている場合ではない。誰も居ないからって良いわけじゃない。