妖しく溺れ、愛を乞え

「こんなところで……誰か来たらどうするの」

「来ないよ。鍵は閉めたし」

 そういうことを言ってるんじゃない。大体なんでここ鍵なんか付いているのよ……!

「もう、あたしこういうの嫌いなんだけど!」

「ちょっとだけ」

「みゆ……」

 抗議する口を塞がれる。
 やだもう。おにぎり食べて、歯磨きもしていないのに。いやいや、そういうことじゃなくて!

「……っは」

 きついキスからやっと解放されて、空気を求めた。

「気持ちいいなぁ」

「あたしはそうでも無いし、はやくどけてよ!」

 大きな声は出せない。でも強めに言った。
 会社は仕事をしに来るところよ。みんなに隠れてこんなことをやってる場合じゃない。

「俺は別に、スリルを求めてるわけじゃない。雅が欲しかったから」

 言いながら、舌を出してあたしの唇を舐め上げた。

「あたしを栄養ドリンクみたいに言わないで」

 じゃあなんて言われたいのか。自分で言って置いて、恥ずかしくなった。

「……なんの話?」

「なんでもないわ!」

 一線を越えてしまって、心の整理がつかない。こんなにフワフワしてしまうなんて、セックスごときで。腹立たしい。
 壁を背にして、前方を全部深雪に塞がれて。昼休みになにをやっているんだろうか。社会人としてどうなの。いや、社会人じゃなくても。

「今晩、あんまり遅くならないようにな」

 ふいにそう言って、頬に手が触れた。ああ、さっきの話。自分で言っておいて忘れていた。

「行っておいで。明日は仕事だから飲み過ぎないように」

 微笑んで、頬にキスされる。なんなの。

「……そうね。そうする」

 撫でられて大人しく言うことを聞くようになった猫みたいに、素直にそう言ってしまった。
 なんだか手のひらで転がされているような気分。

「帰ってきたら、抱いてやるから」

 またキスしようと顔を近付けて来たので、顔を逸らした。

「うるさい黙れ触んないでよこっち見んな」

「ねぇ雅……口が悪いよ」

「あたし、戻るからね!」

 クズ素質全開にさせなくて良いから。
 顔が燃え上がりそうになりながら、深雪を押しのけて資料室から出た。

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