妖しく溺れ、愛を乞え
深雪がストレート過ぎて、自分のことが分からなくなるんだよ。あたしはそんなに複雑にできていない。きっと単純なんだ。
好きだって、一目惚れだって言われて、迫られて……彼の体の為とはいえ、一線を越えて。それなのに。
「俺が、好きか」
その質問に、素直に答えられない。
体は求めるのに心が素直にならない。
自分の体が役立つなら、なんて……言いわけしている。自分の気持ちに。
考えを振り切るように頭を振って、デスクに戻った。
夕方、営業さんたちの帰りが遅いのをこれ幸いと、事務担当は帰り支度をしている。自分のデスクにある書類を、ファイルに入れてキャビネットに仕舞う。机の上が片付けられない人間は、仕事ができないらしい。営業さんが「本に書いてあった!」と教えてくれた。
深雪は、営業が戻れば、少し打合せをして帰って行くだろうと思う。早く帰って欲しい。体が心配だし、その辺でまた倒れたら困るし。
「お疲れさまでした」
忍者のような身のこなしで、事務所を出た。きっと誰も気が付かなかったに違いない。脱出成功。
今日は遅くなりたくないのだ。
更衣室で着替え、リップを引き直す。
社内で履く靴よりも、数センチ高いヒールに履き替える。それでオンとオフを切り替えている気分になる。
久しぶりに行くミミさんのお店。時々、無償に行きたくなっちゃうんだよな。
駅のホームへと急ぐと、ちょうど電車が滑り込んで来た。予約でもしていたかのようだね。吐き出される人混みを避けて、乗り込む。車内は夕方のラッシュで混んでいた。
ミミさんのサンドイッチ、お土産に持って帰ろうかな。今夜じゃなくても、明日の朝食になると思う。
本当に、飲み過ぎないようにしよう……道端で吐いたりとか、そういうの無し。シャレにならないから。
最寄り駅で降りて、ミミさんのお店へ歩く。駅から徒歩10分くらい。ミミさんのお店は住宅街にある。温かみのある手書きメニューボードを目印に、歩いた。