短編集 ~一息~
『勘違い2』

 休憩時間、会社員の男は上司に誘われて昼食を食べにきていた。食事をはじめて数十分、食べ終えた上司が箸を置く。
「人気があるんだよな……」
 ぽつりとつぶやいた上司の声で、男は我に返った。携帯のメールに夢中で、今までの話を聞いていなかったのだ。
 慌ててふと見ると、上司の手の中には週刊誌がある。今、人気急上昇中のアイドルグループが表紙だ。
「そうですね。僕もファンなんです」
 今度こそ応対を間違ったら終わりだ。そう感じた男は上司の話に合わせた。
「そうか……奇遇だな。俺も応援しているんだ。だから頑張ってほしいよ」
 男は今度は失言していないようだと感じると、調子にのって上司の話に続けた。
「僕は追っかけをやるくらいなんです。だから、絶対に結婚はしてほしくないですね」
 一瞬上司は困惑したような表情を見せた。男はまた間違ったのかと思って息を呑む。
「追っかけか……それは凄いな。俺は応援するくらいでそこまでじゃないよ。しかし、結婚しているほうが逆に人気はあがるって言うよな……」
「えっ、そうなんですか?」
 男は動揺した。上司と少し意見が違うようだ。それなので、少し話題を変えることにする。
「では、誰が一番好きなんですか?」
 上司は考えこんだ。数十秒たってからようやく口を開いた。
「一番好きなのは十六代大統領リンカーンだな。奴隷制に一番先に抗議した人だもんな。しかし、お前がアメリカ大統領を追っかけするほど好きだとは思わなかったよ。しかし残念だ。彼らにも『任期がある』んだからなあ……」
 上司の言葉にまた男は愕然とし、話の内容自体を聞いていなかったと、言い訳すら出来なかった。
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