短編集 ~一息~
『不法投棄』

 男は目的地に向けて小型トラックを走らせていた。トラックの荷台には故障した冷蔵庫がある。男はある目的地に、ある理由を持って向かっていたのだ。
 車道の両脇には鬱蒼とした森だけが延々と続く。人目に触れない場所だからこそ、男はこの場所を選んだ。
 借金がかさんで首も回らない状態から、一つの決断に辿り着いたのだ。冷蔵庫を捨てにいこうと――。
 家電リサイクル法が決定し、家庭用電化製品は有料で引き取られることになった。
 引き取り金額は、大きい冷蔵庫になればなるほど高くなる。景気の良い時に買った商品だ。その時の男は、処分金額など考えてもみなかった。
 ところが、不景気で事業を失敗し、今では住むべき場所も奪われかけている状況だ。
 そして、男の中で決断が生み出された。事業を失敗したのは不景気にした政府のせいであり、家電リサイクル法を決めたのも政府。
 だったら、破っても構わないんじゃないかと。
 途中で車が停車していたのが見えたが、不法投棄する場所からは少し離れている。
 問題ないと判断した男は、車道から続く林道に入ると、荷台にある冷蔵庫を思いっきり押し出して落とした。
 冷蔵庫の登録番号は削り取ってある。周到になされた証拠隠滅だ。持ち主が誰なのか、警察もわかるまい。
 全ては完璧、完全犯罪は成立した。自宅に戻った男は、引越しの作業を急いだ。家を売ればなんとか食い繋いでいけるだろう。男は捨てた冷蔵庫のことなど忘れていた。

 翌日、引っ越し作業に追われる男の家のチャイムが鳴った。不動産業者がくるには早すぎると思いながら男が玄関を開けると、二人の男がいた。
 そして、警察手帳を提示してきた。
「昨日、冷蔵庫を捨てましたね? そして引っ越し作業もしておられるようだ」
 刑事の言葉を聞いて男は驚いた。冷蔵庫の登録番号は削り取ってある。しかも捨てたのは昨日だ。予想以上にくるのが早すぎる。
 嘘を言うべきか、正直に話すか。男は偽証罪が怖くて後者を選んだ。
「確かに捨てました。謝ります。ただ、それは事業が失敗して苦しかっただけで……」
 男がそう言った途端、刑事の手が伸びて手錠がかけられた。
「これは一体どういう事ですか。たかが、不法投棄でしょう!」
 意味がわからずに男は動揺した。暴れる男を抱えて、刑事は停めてあるパトカーに乗るよう指示を出す。
「しらばっくれるな! 今、自供しただろう。強盗殺人死体遺棄の罪で逮捕だ。どこであの女と知り合ったかは後で聴いてやる。しかし残酷な男だ。冷蔵庫の中に放置するとはな」
 男は愕然とした。死体のことは知らない。女のことも知らない。
 そして、もしかしたらと考える。途中で見たあの車の運転手が犯人なのではないか。
 その犯人が、自分を犯人に仕立てあげるために、車のナンバーを覚えて通報したに違いない。しかも冷蔵庫に死体を入れる徹底ぶりだ。
 完全犯罪を成し遂げたのはどっちか。相手の車体ナンバーを覚えていない今は、どうしようもない。警察に正直に話しても、言い訳にされてしまうのが落ちだ。
 優秀な刑事が、犯人を捕まえてくれるその日を望むしかない。
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