短編集 ~一息~
『王者』

 人類が知り得ない未開の地に、世界中の動物たちが住むという原始林があった。
 毎日恒例となった雑談会で、まず木上にいたカメレオンが発言した。
「俺の好物は……やっぱ昆虫だな。芋虫! あれは羽根もないし、柔らかいからいい」
 カメレオンの話が終わると、隣にいたコアラがのんびりとした口調で続いた。
「僕はユーカリ種しか食べられないから……好き嫌いとか言えないんだよね」
 コアラの言葉を聞いた、ジャイアントパンダが果物をかじりながら鼻を鳴らす。
「まじでー? おいらは竹しか食べられないって勘違いしている奴もいるけど、他の物も食べられるんだよね。けどさ、人間の世界三大珍獣って言いかたが気に『食わなかったり』して」
 ジャイアントパンダの親父ギャグに、他の動物たちから「うまい!」「ごちそうさま!」という声があがる。
 すると、
「俺は……この場にいる全員がうまそうに見える」
 動物たちだけでなく、原始林の木々が震えあがる、抑揚のない声が響いた。
 皆の視線が向けられた先には、百戦錬磨の勇士である雄ライオンがいた。
 舌なめずりをしながら陽炎のように動いた彼に、全員が緊張して身構える。
「まあ、構えんなよ……ここで全員食おうってわけじゃないさ。この俺にだって食えないものがある。それが人間だって言いたいんだ。人間を食って殺された仲間を見たことがある。奴らを食うのだけは遠慮したいね」
 百獣の王ライオンの話が終わると同時に、
「私は人間が好物さ。いや、ここにいる全員もうまそうに見えるね。私たち一族は人間と、ずっと争ってきたんだ。私が本気になれば背後から食らってやるよ」
 どこからか、女性の声が響いた。
 自信ある発言に、動物たち全員が震えあがって声のしたほうを見る。しかし、姿がない。
「か……隠れてないで、で……出てこい!」
 ライオンも声を震わせながら、尻尾の先を立てて必死の戦闘態勢をとる。
「どこ見てんのさ……とっくにあんたの鼻の上にいるよ」
 すると、姿のない声は思いがけない言葉を発して、ライオンを笑った。
 ライオンは寄り目になりながら、鼻の頭を凝視する。鼻の上にいたのは蚊だった……。
「さあ、恐れるがいいさ! 今からチクっと食らってやるよ!」
 吸うの間違いだろ! と、ライオンが突っこんで鼻の頭を叩こうとした途端、物凄い勢いで飛んできた何かが、蚊を攫っていった。
 飛んできた何かが戻っていった軌道を追って皆が見る。
「……まずっ!」
 自称、原生林の王者を食したカメレオンが食事の感想を述べると、ライオンは、
「で……好物の話は続けるか?」と、他の動物たちに、深い息を吐きながら訊いた。
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