短編集 ~一息~
『欲望と夢』

 二十二世紀。人類の生活環境は新たなる進化を遂げていた。
 平均寿命が伸びたのはいうまでもなく、病気というものが存在しなくなり、障害という言葉も世界から消えた。
 が、それに共通して人口が急激に増加したために、各国が国民の人口管理を開始した。個人情報保護法を無視した政策は、多くの者たちの反感をかったが、その管理政策に付加するようなかたちで犯罪は激減した。
 死の原因とされた病気と殺人が世に存在しなくなると、人は更に欲を出した。
 次に注目が向けられたのは乗り物の見直しだった。死亡交通事故は減少していたものの、ゼロではない。完璧を求めて業界は競い合い、最終的に新型の交通機関を生み出した。
 その結果、死亡要因を円グラフで示すと、一位は寿命という驚異の結果がもたらされた。
 しかし、命への執着は尽きなかった。寿命を延ばすためにはどうしたらいいのか。生物学者や医薬品業界、医師業界がこぞって研究を重ねていった。
 研究成果はすぐに表れ、平均寿命は数十年前と比較して、二倍という数値を記録した。
 ところが、人類は自分たちの生活に執着するあまり、環境対策を疎かにしていたことに気づいた。地球温暖化、土壌汚染、海水面上昇。地球は住めない星になりつつあった。
 宇宙への逃亡を考えた人類だが、増加した全ての者たちが定住する星と移動手段が存在しない。そのため、世界各国の要人たちが召集されて、緊急会議が開かれた。
 結果、要人たちは究極の決断に踏み切った。人類の繁栄を願って――。

 数十メートル先も見えない混濁した空気の中で、ひとりの男が地面に落ちているモノに気づいて声を上げた。
「まだ旧型があったのか」
 仲間の声を聞いたもうひとりが、落ちているものを確認して「本当だ」と相槌を打つ。
「回収してもらわないと駄目だな。放置したままだと臭くて仕方ない」
 言って男は通話機を手にすると、出た相手に報告した。
「改造していない旧型人類が死んでいるんだ。すぐに回収しにきてくれ」
 連絡し終えると、男たちは混濁した空気の中を進んでいく。彼らの口からは、すでに人のものとは違う、機械的な呼吸音が鳴り響く。
「そろそろ栄養注入が必要だな。注入スタンドはこの先にあったっけ」
 訊かれた男は「ああ」と返した。手元の目盛りは注入を促す警告を示している。
「そういえば、旧人類が統治していた時代の死亡要因は寿命だったらしいぞ。あの時代の人類は考えてはいなかったろうな。一番の死亡要因が栄養注入忘れになるなんて」
 何をしても死なない体に触れながら、男たちは息を吐く。
「一生、働き続けなければいけない体か」
 旧人類は予想していたのであろうか。数百年後には人が人ではない体になっているということを。人類の夢であった永遠の命は、今はただの重みでしかない。
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