短編集 ~一息~
『接客』

 男は開店したばかりのコンビニエンスストアーの前に車を停めると店内の様子をうかがった。
 時刻は午後十一時。客足も減ってきている。
 男は今日という日のために下調べを行っていた。客足、店員数、立地条件。全て抜かりなくだ。深呼吸をした男はコンソールボックスに、忍ばせていたナイフを取り出した。することが決まっていた。強盗である。
 開店した当初から、女性だけがレジ打ちをしていた。弁当や商品の品出しがある時だけ、店長らしき男が姿を見せる。残りはアルバイト店員二人。彼らが来る時間は混雑する出勤時や帰宅時だけだった。
 深夜いるのは女性店員のみ。盗みに入れと言っているようなものだ。そう思いつつも、女ひとりに物騒な仕事を押しつけやがってと男は感じていた。
 ――深夜に盗難に遭えば、店長も改めるだろう。俺はいいことをしようとしている。
 男は顔をマスクで隠すと、ナイフを持って店に入った。
「いらっしゃいませ」
 愛想のよい女性店員の声が上がる。男はナイフを突き出して迫った。
「金を出せ!」
 突き出されたナイフを見つめた女性は、瞬きをすると軽い会釈をした。
「申し訳ありません。それはできません」
「素直に金を出せば、怪我はさせない。出せ!」
「申し訳ありません。それはできません」
 男と女性店員の押し問答が繰り返される。
 さすがに男は尻込みしてしまった。女性店員の視線に迷いがなかったからだ。
 深夜、ひとりでレジをさせられているのに、雇い主に尽くせるのか。男は退職してきた仕事場を思い出した。
「俺は自己退職したんだ。上司にいびられて。あんたも同じだろう。深夜、女性ひとりに仕事をさせる、薄情な上司に尽くすことはない。金を出せ!」
 また女性店員は会釈した。男は自分と女性を重ね合わせてしまった。
「なあ、俺の話を聞いてくれるか? 俺はあんたのことを思ってだ――」
 男は自分の苦労話を女性店員に語った。防犯装置を押す様子がなかったからだ。
 しかし、次の瞬間、男は店内に入ってきた足音に気づいた。いたのは警官二名だった。慌てた男は女性店員を人質に取ろうとしたが間に合わない。
 警官二人に取り押さえられ、手錠を掛けられる。男は項垂れ、警官とともに店を出る。
 すると、男に向かって女性店員が笑顔で声をかけていた。
「またのご来店をお持ちしております」
 聞いて男は胸が熱くなった。警官に向かって頭を下げた。
「申し訳ありません。馬鹿なことをしました。会社をクビされて自暴自棄に……あの女性の仕事ぶりを見て目が覚めました」
 男の反省の弁を聞いた警察官二人は、「ああ、それは良かった」と笑って相槌を打つ。
 そして、コンビニエンスストアーに立てられた小さな看板を背にパトカーは出た。
『防犯試験中のため、日本初のロボット女性店員を導入しています』
 そう、第一の防犯試験は見事なまでに、目的を達成したといっていいはずだ。
 犯人の改心というかたちで――。
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