短編集 ~一息~
『望まれぬ発明』

 ある博士が『世紀の大発明』と評して、全人類が震撼するような研究を発表した。
 しかし、彼の発明を聞いた科学者たちの反応は冷ややかなものだった。
 そんなものが役に立つのか? 援助などやめてしまえ。人としてどうかしている。
 博士の発明は科学者だけでなく、一般人も理解するには程遠い呆れた大発明だった。誰もが陰口を叩き笑った。
 誰が人体実験に付き合うんだ? 自信があるなら自分でやってみろ。それが似合いだ。
 博士の発明は興味という場所にとどまり、利用できるようなものではなかったのだ。その中、彼の助手が人体実験に名乗りをあげた。たった一本の注射で実験は終了する。
 ――実験は見事、成功した。
 しかし、成功したというのに誰もが嘲笑した。助手は間抜けだと中傷したのだ。
 が、博士の発明が記憶から葬り去られかけた頃になって、ようやく科学者たちは彼の真意に気づいた。慌てて彼のもとに訪れて非礼を詫びようとしたが、事は深刻化していた。
 博士は三年前に亡くなっていたのだ。そのため彼の発明は、人体実験をした助手に委ねられていた。研究室の扉を叩きながら政府関係者、科学者たちは涙ながらに訴えた。
「お願いだ。あの薬を譲ってくれ! 妻や子が危ないんだ」
「いや、この問題は全人類存亡の危機だ。あの薬だけが、我らの希望だ」
 彼らの訴えを聞いて出てきたのは、人体実験を受けた博士の助手だった。人ではない姿に変貌した彼を見て、みなが眼を細くする。足元には小さなネズミがいたのだ。
「いつでも天才の発明は理解されないようですね。僕だけが彼の唯一の理解者だった。お蔭でこんな姿にはなったが、全人類の危機からは逃れられそうだ。薬? 残念ですが、今は優先順位があるんですよ」
 ネズミの姿になった助手は、二足で立ちながら器用に新聞を開いた。一面には大きくこう書かれていた。
『人類を滅亡に陥れる凶悪ウイルスが発生。全人口八割が犠牲に。他の生物に害はなし』
「博士は地球温暖化による陸の縮小から生活場所がなくなることを懸念して、この研究をしたのですが、僕にとっては思わぬ利が働いたようだ。おっと、僕を殺して薬を奪おうなどとは思わないことですね。人間に戻る薬をつくる方法は、僕の頭の中にあるのですから」
 博士が息を引き取る前に、なぜ研究を認めなかったのか。誰もが後悔するしかない。
「その時がきたら善意ある人々に薬を。それが博士の遺言でした。さて、どなたが該当するのでしょうか。あなたたちは自分が助かるために、多くの犠牲を払ってきたのではないですか?」
 助手の視線は政府関係者や科学者たちには向けられてはいない。その目は遠い景色を見つめているようだった。
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