短編集 ~一息~
『平成隣合戦』

 ――とある都民住宅の住人、五〇一号室の夫婦と五〇二号室の夫婦は、同時刻に自宅に戻ってくると、挨拶もなく互いに見つめ合ったまま、身動きをとらないでいた。
 五〇一号室の夫婦は、五〇二号室の夫婦のお尻に目を向けたまま釘づけ。
 五〇二号室の夫婦は、五〇一号室の夫婦の頭上に目を向けたまま釘づけ。
 硬直時間は三分間ほどだっただろうか。両室の夫婦は同時に扉を開けて部屋に入った。
 五〇一号室の夫は部屋に入るなり、腰をおろすと、声をあげて笑った。
「おい、見たか今の尾。五〇二号室の夫婦! 驚いたな、あれはタヌキだぜ。あれでも、あいつら、人間世界に入りこんでいるつもりかよ!」
 五〇一号室の妻は、未だ笑いをやめない夫を諭すように言った。
「やめなさいよ。私たちだって、キツネじゃない。お互い、干渉しないほうがいいわ。だって、私たちキツネとタヌキは相容れない者同士でしょ?」
 ――同時刻、壁を隔てた隣。
 五〇二号室の夫は部屋に入るなり、腰をおろすと、声をあげて笑った。
「おい、見たか今の耳。五〇一号室の夫婦! 驚いたな、あれはキツネだぜ。あれでも、あいつら、人間世界に入りこんでいるつもりかよ!」
 五〇二号室の妻は、未だ笑いをやめない夫を諭すように言った。
「やめなさいよ。私たちだって、タヌキじゃない。お互い干渉しないほうがいいわ。だって、私たちタヌキとキツネは相容れない者同士でしょ?」
 一息でそう言い切ったタヌキの妻は、現代の人間関係という本を開いて、更に続けた。
「それに、隣人に干渉しない。隣人の家族構成を知らない。隣人に挨拶をしないのが、今の人間の常識みたいよ。だから、そうやって、人間社会に入りこんでいかないとね……」
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