短編集 ~一息~
『サービス』
現在からみて近未来とされる時の中で、男が鮮血に染まった包丁を持って、タクシーの後部座席に乗りこんでいた。
タクシー運転手は人型のロボット。彼らは恐怖心を持っていないので、脅しにはのらない。そのため、ロボットは構造物が生み出す営業スマイルを浮かべながら、男に問いかけていた。
「本日はありがとうございます。どちらへ行かれますか」
男は居住まいを正すと、持っていた革製のカバンを抱えこんだ。拍子に開いた口から数枚の紙幣が飛び出す。男は紙幣を慌てて拾うと、ロボットに向かって叫んだ。
「金は出す。とにかく車を出せ!」
ロボットは首を百八十度回すと、後ろを見ながら車を発進させた。男の言う通りに行動すると同時に、インプットされた接客マニュアルを守っているのだ。
徐々にスピードが上がっていく。ロボットタクシーは周囲の状況を把握しながら進むため、一度も事故を起こしたことがないという優良車なのだ。
ロボットは更に客を喜ばせようと音楽をかけた。すると軽快に流れていた音楽が途切れて、速報が伝えられる。
『先程、○○銀行にて、強盗殺人事件が発生しました。現在も犯人は逃走中です』
ニュースを聞いて男は舌打ちした。そして、手にした包丁をロボットに突き出した。
「おい、ニュースを消せ。お前は俺の言う通り、運転していればいい」
「はい、かしこまりました」
従ったロボット運転手相手に、男は息を吐きながら振り返った。警察車両は見えない。突き放したのだ。男は計画が完遂したと確信し、タクシー内に響く歓喜の声をあげた。
「やったぞ! これで高飛びできる。あっちで極楽生活を味わってやるんだ」
男は札束を取り出すと頬に当てて、至福ともいうべき感触を味わった。
しかし、タクシーが急加速した勢いで男は舌を噛んだ。かなり強く噛んでしまったので、言葉が出ないまま唸る。
なぜ、急加速したのか。顔を上げた男の眼前に、思いがけない光景が広がっていた。
「行き先は高飛びで、極楽生活ですね」
ロボットの答えが、男の行き先を示していた。道の先がない。あるのは眼下に広がる摩天楼と青白く見える空だけだ。
恐怖心の欠片もないロボットは、サービス精神を第一に崖に向かって飛び出したのだ。
到着地点が近づいてくる。ロボット運転手は構造物の笑みを浮かべながら言った。
「到着しました。料金は……」
金額は伝えられないまま、地面との再会という名の激突音が彼らへの答えとなった。
男の極楽浄土への渡船料を表すかのように札束が舞い散る。その札束を半壊した顔で見つめたロボットは、瀕死状態の男に向かって言っていた。
「ありがとうございました。我が××タクシー社は、お客さまへのサービスを第一に、安全をモットーに活動しております。おや、すみません。まだ目的地に到着できていませんか?」
現在からみて近未来とされる時の中で、男が鮮血に染まった包丁を持って、タクシーの後部座席に乗りこんでいた。
タクシー運転手は人型のロボット。彼らは恐怖心を持っていないので、脅しにはのらない。そのため、ロボットは構造物が生み出す営業スマイルを浮かべながら、男に問いかけていた。
「本日はありがとうございます。どちらへ行かれますか」
男は居住まいを正すと、持っていた革製のカバンを抱えこんだ。拍子に開いた口から数枚の紙幣が飛び出す。男は紙幣を慌てて拾うと、ロボットに向かって叫んだ。
「金は出す。とにかく車を出せ!」
ロボットは首を百八十度回すと、後ろを見ながら車を発進させた。男の言う通りに行動すると同時に、インプットされた接客マニュアルを守っているのだ。
徐々にスピードが上がっていく。ロボットタクシーは周囲の状況を把握しながら進むため、一度も事故を起こしたことがないという優良車なのだ。
ロボットは更に客を喜ばせようと音楽をかけた。すると軽快に流れていた音楽が途切れて、速報が伝えられる。
『先程、○○銀行にて、強盗殺人事件が発生しました。現在も犯人は逃走中です』
ニュースを聞いて男は舌打ちした。そして、手にした包丁をロボットに突き出した。
「おい、ニュースを消せ。お前は俺の言う通り、運転していればいい」
「はい、かしこまりました」
従ったロボット運転手相手に、男は息を吐きながら振り返った。警察車両は見えない。突き放したのだ。男は計画が完遂したと確信し、タクシー内に響く歓喜の声をあげた。
「やったぞ! これで高飛びできる。あっちで極楽生活を味わってやるんだ」
男は札束を取り出すと頬に当てて、至福ともいうべき感触を味わった。
しかし、タクシーが急加速した勢いで男は舌を噛んだ。かなり強く噛んでしまったので、言葉が出ないまま唸る。
なぜ、急加速したのか。顔を上げた男の眼前に、思いがけない光景が広がっていた。
「行き先は高飛びで、極楽生活ですね」
ロボットの答えが、男の行き先を示していた。道の先がない。あるのは眼下に広がる摩天楼と青白く見える空だけだ。
恐怖心の欠片もないロボットは、サービス精神を第一に崖に向かって飛び出したのだ。
到着地点が近づいてくる。ロボット運転手は構造物の笑みを浮かべながら言った。
「到着しました。料金は……」
金額は伝えられないまま、地面との再会という名の激突音が彼らへの答えとなった。
男の極楽浄土への渡船料を表すかのように札束が舞い散る。その札束を半壊した顔で見つめたロボットは、瀕死状態の男に向かって言っていた。
「ありがとうございました。我が××タクシー社は、お客さまへのサービスを第一に、安全をモットーに活動しております。おや、すみません。まだ目的地に到着できていませんか?」