短編集 ~一息~
『代価』
人知が及ばない不可思議な物語というものは存在する。物語が存在する場所は、異界と現実世界の境界線上にあった。
今日も訪れた者たちが、店の前で列をつくる。といっても、人数は数名である。
開店時間になると、看板を手にした店主が扉を開けた。
「それでは、入る前にルールをお読みください。了解された方のみ中へどうぞ」
店主はルールが書かれた看板を置くと、部屋の奥の席に着いた。みなが見守る中、先頭の男性が店に入る。扉が閉まったのを確認した店長は、台帳を開きながら男性に告げた。
「あなたの預かり値は七のようですね。加算しますがよろしいですか」
男性客は「それだけ?」と目を見開いた。手は微かに震えている。
「間違いはありませんよ。不服なら帰っていただいても構いません」
店長の言葉に男性は歯噛みしながらも、「仕方ない」と愚痴をこぼして帰っていった。
次に入ってきたのは、短身で横太りの男である。男は店に入るなり、金歯が占める大口を開けて笑った。
「あの男は七だって? かかっ、随分と小さいもんだ。俺はすごいはずだぞ。この腕ひとつで世界に知られる大企業を生み出した。従業員も俺にはたいそう感謝しているはずだ」
店長は台帳を開くと、男に向かって告げた。
「あなたの貸し値は四十ですね。減算しますがよろしいですか」
聞いて男は立ちあがった。顔面を紅潮させ、店長の胸倉をつかんだ。
「貸しだと? 訳のわからんことを言うな。俺を誰だと思っている。もう一度調べてみろ!」
「減算します。よろしいですね」
店長が告げた途端、男は倒れて動かなくなった。奥から従業員が出てきて男を運び出していく。
次に入ってきたのは、車椅子の少女と母親だった。少女は顔色が悪く、咳こんでいる。
入るなり母親は涙を流しながら、店長にすがりついた。
「この子を助けてください。原因不明のぜん息に悩まされて、あと一年も持たないと言われているんです」
店長は少女を見つめると台帳を開く。そして、告げた。
「あなたの預かり値は十二です。更にある方から四十いただいています。加算します。よろしいですね」
聞いて母親は喜びの涙を流し、少女は帰っていった。最終の客を見送った店長は店を閉じる準備を始める。
そして、『感謝を預かり値とし、寿命として変換いたします』と書かれた看板を手につぶやいた。
「どうやらあの男は、自分の建てた会社が原因で、近くに住む少女の肺が侵されたことに気づいていなかったようだ……」
人知が及ばない不可思議な物語というものは存在する。それは異界のそばにある。来店の際は、注意書きをよく読み、ルールを守るというのが暗黙の了解となっている。
そして、預かり値をゼロから戻せた者は、台帳記録上では極少数しかいない。
人知が及ばない不可思議な物語というものは存在する。物語が存在する場所は、異界と現実世界の境界線上にあった。
今日も訪れた者たちが、店の前で列をつくる。といっても、人数は数名である。
開店時間になると、看板を手にした店主が扉を開けた。
「それでは、入る前にルールをお読みください。了解された方のみ中へどうぞ」
店主はルールが書かれた看板を置くと、部屋の奥の席に着いた。みなが見守る中、先頭の男性が店に入る。扉が閉まったのを確認した店長は、台帳を開きながら男性に告げた。
「あなたの預かり値は七のようですね。加算しますがよろしいですか」
男性客は「それだけ?」と目を見開いた。手は微かに震えている。
「間違いはありませんよ。不服なら帰っていただいても構いません」
店長の言葉に男性は歯噛みしながらも、「仕方ない」と愚痴をこぼして帰っていった。
次に入ってきたのは、短身で横太りの男である。男は店に入るなり、金歯が占める大口を開けて笑った。
「あの男は七だって? かかっ、随分と小さいもんだ。俺はすごいはずだぞ。この腕ひとつで世界に知られる大企業を生み出した。従業員も俺にはたいそう感謝しているはずだ」
店長は台帳を開くと、男に向かって告げた。
「あなたの貸し値は四十ですね。減算しますがよろしいですか」
聞いて男は立ちあがった。顔面を紅潮させ、店長の胸倉をつかんだ。
「貸しだと? 訳のわからんことを言うな。俺を誰だと思っている。もう一度調べてみろ!」
「減算します。よろしいですね」
店長が告げた途端、男は倒れて動かなくなった。奥から従業員が出てきて男を運び出していく。
次に入ってきたのは、車椅子の少女と母親だった。少女は顔色が悪く、咳こんでいる。
入るなり母親は涙を流しながら、店長にすがりついた。
「この子を助けてください。原因不明のぜん息に悩まされて、あと一年も持たないと言われているんです」
店長は少女を見つめると台帳を開く。そして、告げた。
「あなたの預かり値は十二です。更にある方から四十いただいています。加算します。よろしいですね」
聞いて母親は喜びの涙を流し、少女は帰っていった。最終の客を見送った店長は店を閉じる準備を始める。
そして、『感謝を預かり値とし、寿命として変換いたします』と書かれた看板を手につぶやいた。
「どうやらあの男は、自分の建てた会社が原因で、近くに住む少女の肺が侵されたことに気づいていなかったようだ……」
人知が及ばない不可思議な物語というものは存在する。それは異界のそばにある。来店の際は、注意書きをよく読み、ルールを守るというのが暗黙の了解となっている。
そして、預かり値をゼロから戻せた者は、台帳記録上では極少数しかいない。