短編集 ~一息~
『ほれ薬』

 ある西の孤島に、ツタとコケが共存する古城があった。
 四方は断崖絶壁であり、眼下の海は岩礁に囲まれている。そんな前人未踏ともいえる過酷な環境下にある城の住民はひとり。推定年齢三百歳になる魔女だった。
「さあさあ、今日は人間どもに魔女の恐ろしさを教えてやる日だよ」
 魔女は助手のネズミが持ってきた小ビンの中身を確かめながら、次々と大釜の中に放りこんでいく。
 そして、煮え立つ不気味な液体の中に棒を入れて、掻き回し続けた。
「これはね、飲んだ人間が私のいうことをきくという薬さ。男も女も関係ない。私はこいつを水源に流しこんでやるつもりなのさ」
 いつもの魔女の独り言に、助手のネズミが「チチッ」と返す。
「そう、ほれ薬というやつだよ。それもただのほれ薬じゃない。一生効果のあるものさ。しかも相手は私の言うことを聞くから思いのまま!」
 興奮して続ける魔女に、助手のネズミが「キチチッ」と返す。
「僕も欲しいって? 仕方のない子だね。まあわかる気がするよ。好きなメスでもいるんだろう?」
 助手のネズミは「キチッ」と返すと、勝手を知ったように自分の毛をむしって魔女に差し出した。
 魔女はほれ薬を少し小釜に移し替えると、助手ネズミの毛を入れて煮立たせた。
「好きなようにお使い。但し効力が強いから扱いには十分気をつけなよ」
 魔女に渡された小ビンのほれ薬を手に、助手ネズミは飛び跳ねながら奥の部屋へと入っていった。
「早速、効果を試そうってわけかい。まあいいさね。私は私の楽しみを実行しなくてはね」
 魔女は大釜の中に自分の髪の毛を入れると、じっくりと長時間かけて煮立たせた。
 そして、ほれ薬製造は大成功。後に効果は絶大だと証明された。
 
 ある西の孤島に、ツタとコケが共存する古城があった。
 四方は断崖絶壁であり、眼下の海は岩礁に囲まれている。そんな前人未踏ともいえる過酷な環境下にある城の住民は一匹とひとり。推定年齢十歳になるネズミと推定年齢三百歳になる魔女だった。
「さて、魔女よ。人語を話せる薬、長寿の薬に続いて、今日は魔法を使える薬をつくろうか。待てよ……その残ったほれ薬を水源に流しこんで、人間を君の手下にするのもいいな」
 いつものネズミの独り言に、助手の魔女が「そうですね」と返す。
「僕の言うことを聞く君だ。人間も僕の意のままに操ってくれるはず。そして僕は最後には君の魔術で人間になろう。君と愛を語り合うために」
 ほれ薬は大成功。後に効果は絶大だと証明されたのだ。
 助手ネズミが魔女を愛して食事に入れた、たった一滴のほれ薬によって――。
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