短編集 ~一息~
『勘違い1』
休日、会社員の男は上司に誘われて、釣り堀にきていた。糸を垂らして一時間、魚が食いつくような手ごたえは感じない。
「釣れないよな……」
ぽつりとつぶやいた上司の声で、男は我に返った。携帯のメールに夢中で、今までの話を聞いていなかったのだ。
「そうですね。誘ってもらったのに……」
男は竿を引いた。餌は食われてしまっている。釣果がなければ気分も沈む。
「泣きたくなってきますよね……」
男の言葉を聞いて上司も竿を上げた。何もついていない。彼も餌を食われていた。
「そうだよ。誘ったのになあ……釣れないから泣けてくる。それとも、あっちのほうがいいのかな。そうでなきゃ、釣れないわけがないだろう!」
上司は興奮しながら立ちあがった。今にも堀に落ちそうな剣幕なので男は彼を抑えた。
「落ち着いてくださいよ。すぐに、こっちにもきますって! そうだ、いい餌与えればいいんですよ!」
堀を隔てた向こうでは、中年男性が大物を釣りあげている。手元にある餌が、明らかに違うのがわかった。こっちは練り餌に対して、向こうは生餌を使っている。
「そう。いい餌を見せれば、どんな奴にもパクリと食いつくわけです。簡単ですよ! 僕も手伝いますから」
諭した瞬間、男は上司に襟首を捕まえて持ちあげられた。殺されるんじゃないかと思うくらいの激しい力だ。上司の豹変ぶりに、男は慌てて腕をばたつかせて声をあげた。
「苦しい! 落ち着いてください。僕が何したって言うんですか?」
暴れる男の襟首を離した上司は、必死に理由を問う彼を睨みつけながら答えた。
「当り前だろう! 俺は彼女に、違う男ができたかもしれない。デートに誘ったのに、最近『つれない』と相談したのに、お前はプレゼントさえ与えれば、食いついてくる軽率な女だと言って、彼女を笑ったんだからな!」
上司の言葉に男は愕然とし、相談の内容自体を聞いていなかったと、言い訳すらできなかった。
休日、会社員の男は上司に誘われて、釣り堀にきていた。糸を垂らして一時間、魚が食いつくような手ごたえは感じない。
「釣れないよな……」
ぽつりとつぶやいた上司の声で、男は我に返った。携帯のメールに夢中で、今までの話を聞いていなかったのだ。
「そうですね。誘ってもらったのに……」
男は竿を引いた。餌は食われてしまっている。釣果がなければ気分も沈む。
「泣きたくなってきますよね……」
男の言葉を聞いて上司も竿を上げた。何もついていない。彼も餌を食われていた。
「そうだよ。誘ったのになあ……釣れないから泣けてくる。それとも、あっちのほうがいいのかな。そうでなきゃ、釣れないわけがないだろう!」
上司は興奮しながら立ちあがった。今にも堀に落ちそうな剣幕なので男は彼を抑えた。
「落ち着いてくださいよ。すぐに、こっちにもきますって! そうだ、いい餌与えればいいんですよ!」
堀を隔てた向こうでは、中年男性が大物を釣りあげている。手元にある餌が、明らかに違うのがわかった。こっちは練り餌に対して、向こうは生餌を使っている。
「そう。いい餌を見せれば、どんな奴にもパクリと食いつくわけです。簡単ですよ! 僕も手伝いますから」
諭した瞬間、男は上司に襟首を捕まえて持ちあげられた。殺されるんじゃないかと思うくらいの激しい力だ。上司の豹変ぶりに、男は慌てて腕をばたつかせて声をあげた。
「苦しい! 落ち着いてください。僕が何したって言うんですか?」
暴れる男の襟首を離した上司は、必死に理由を問う彼を睨みつけながら答えた。
「当り前だろう! 俺は彼女に、違う男ができたかもしれない。デートに誘ったのに、最近『つれない』と相談したのに、お前はプレゼントさえ与えれば、食いついてくる軽率な女だと言って、彼女を笑ったんだからな!」
上司の言葉に男は愕然とし、相談の内容自体を聞いていなかったと、言い訳すらできなかった。