短編集 ~一息~
『弱点と災難』

 安全で危機管理が足りない民が住んでいる国といえば、まず日本があげられるだろう。客に頭をさげる精神は、世界から見ても驚きの行為だ。
 その日本の特質を利用して、ある男が上陸した。
 全身黒ずくめ、テールコートとシルクハットといった男の姿は、コウモリを思わせる。風体は変わっているが、彼は日本語の勉強をしてきていた。
 まず男は、街を歩く女性に目を向けた。
「駄目だ。臭いがキツイ、銀細工をしている。ヴァンパイアハンターをまいたはいいが、やはり血を吸うのは難儀か……」
 男は吸血鬼だった。人間との混血なので、日光という弱点はないが、やはり一週間に一度は血を吸わないと極度な倦怠感、吐き気、頭痛、悪寒、その他もろもろの症状に悩まされる。
 その時、獲物の物色をはじめた吸血鬼の嗅覚が、魅力的な香りを嗅ぎつけた。
「血液が不足していまーす。ご協力をお願いしまーす」
 女性がプラカードを持って、呼び掛けをしている。
 魅力的な香りは、女性が立つ階段の奥から流れてきていた。それも新鮮な血の香りだ。
「人間も血が不足しているのか。それにしては血の匂いがするが」
 吸血鬼はプラカードを持つ女性に近づいていく。
 女性は近づいてくる男を、吸血鬼だとは知らずに笑顔を浮かべた。
「献血していただけるのですか? ありがとうございます」
 女性の言葉を聞いて、吸血鬼は首を傾げる。
「献血していただける? いただけるのか……嬉しい限りだな」
「ありがとうございます。階段をおりて突き当たりの部屋になります」
 吸血鬼はほくそ笑んだ。この国は血液を提供してくれるらしい。
 階段をおりた吸血鬼は扉を開いた。
 すると、ある臭いが鼻につく。にんにくの臭いだった。
 奥にいる人物が臭いの根源だった。
「あそこのスタミナラーメンうまいよな。餃子も最高だし」
 スタミナラーメンと餃子が一体なんなのか、吸血鬼にはわからない。
 臭いに負けて逃げようとした途端、白衣の恰幅天使が吸血鬼の腕をつかんだ。
 人間も血液が不足しているのだ。弱点のニンニク臭で声も出せないので、血液検査の後に採血された。
 すると血液検査で、吸血鬼の血液が病気に耐性がある希少な型とわかったのだ。
 人間との混血である彼の血は人を吸血鬼にしない。それに吸血鬼だ。希少な型であるのは当然である。
 俺は吸血鬼だと男が言っても、もはや手遅れだ。
 言えば、ヴァンパイアハンターが自分を殺しにくるだろうという不安が常に纏わりつく。
 だから、吸血鬼はこう言うしかないのだ。
「トマトジュースをください」と。
 そして何故か、人を救う存在になった自分が嫌いではなかったりする。
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