短編集 ~一息~
『祝砲』

 ある川原で一大イベントが開催されようとしていた。開催を待ちわびていた者の人数は、陽が落ちると同時に一気に膨れあがっていく。
 普段は人通りのない川沿いが、人で埋め尽くされた。
 夏の一大イベントでもある大花火大会。
 誰もが一番よく見える特等席を確保しようと、場所取りのゴザを敷いている。
 そんな騒ぎの中に、あるカップルがいた。出会って二年の二人は既に婚約をし、同棲もしていた。
 今日は女の頼みで男はきた。人ゴミが嫌いな男は怒鳴り声や化粧臭。更に既に出来あがっている酔っ払いの酒臭さに気分が悪くなりかけていた。
 そんな時、女が男の腕を引っ張って前に連れ出す。ちょっとした空間に跳びこんだ男は、安堵の息をついた。
「良かった。ここなら花火もよく見えるよ」
 男が女に花火大会に誘われたのは昨日だ。あまりにも突然のことに男は驚いた。
 それでも愛している女のためだ。仕事でつかれ切った体の貴重な休養時間を潰して、女と一緒にここにきた。
 不意に女が真剣な表情になった。そして、男の腕に抱きつく。
「あのさ、一年前のこと覚えてる?」
 一年前のことと聞かれて、男は首を傾げた。その動作に女が男の肩を思いきり叩く。
「いって! 急になんだよ……」
「去年もこの大花火大会にきたじゃない。何を言ったか覚えてる?」
「あ、その話か。確か……」
 男が言い掛けた時、大花火大会が始まり、爆発音とともに夜空に紅い菊花が生まれた。
 客から歓声があがり、次々と川に浮かぶ船上から大玉が打ち上げられる。
 声は花火と観客の声でかき消され、大きな声で話すのを余儀なくされた。
「結婚してくれって言った!」
 花火の爆発音が途切れた瞬間、男の大きな声が周囲に響いた。
 周りの観客が驚いた様子で男に視線を向ける。
 男は思い出した。そういえば――去年も同じ失敗をしたっけ。
「フフ……なんとなく、あの日に戻ったみたいだね。けど今日は少し違うこともあるけど」
 違うこと? と、男が聞き返すと同時に、また花火が打ち上げられ声が遮られた。
 女が口を開きながら何かを訴え続ける。花火の爆発音が途切れた瞬間、今度は女の声が響いた。
「赤ちゃんが出来たの!」
 女が花火大会に、無理に誘ってきた真意を知って男は笑った。
「来年は最高の幸せを、隣にまたここにこような」
 まるで命が宿った祝砲のように、花火が再び上がり、夜空に大輪を咲かせていた。
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