短編集 ~一息~
『中身』

 通勤時に妻から渡されるゴミ袋。燃えるごみの日、燃えないゴミの日、近所のどの旦那よりも知っているという自信がある。
 ゴミ捨て。それが夫の日課になっていた。
 新婚二年目で念願の子宝に恵まれた。生後五か月の娘は夜泣きも激しいが、赤ん坊は泣くのが仕事なのだからとあやす。
 そんなある日、妻が夫に向かって訊いた。
「ねえ、あなた。大きな紙袋持ってない?」
「紙袋? 何に使うんだ?」
「見られたくないゴミもあるでしょ。お隣の猫も荒らしたりするし、黒い袋だと収集の人も持って行ってくれないのよ」
 話を聞くと決まりでそうなっているらしい。夫は持っていた紙袋を妻に渡した。
 翌日、夫は出勤時の恒例となったゴミ袋を渡された。しかし、その日は燃えないゴミの日なので、紙袋は入っていなかった。
 いつも通り、通勤ついでに捨てに行く。すると、隣の奥さんの姿が見えた。
「クロちゃーん!」
 クロとは隣が飼っている猫の名前だ。朝は玄関先で餌を食べているが、今日はいないようだ。
 ゴミを荒らす猫を放しているからだ。夫は可哀そうとは思わずに、会社に足を向けた。
 その日は残業となった。自宅に着いたのは時刻が二ケタになった頃だった。つかれきっていても、愛らしい我が子の寝顔を見ただけでつかれは吹き飛ぶ。
 しかし、娘がいるはずのベッドを覗くと姿がなかった。
「あれ、どこ行ったんだ?」
 食事の用意をしていた妻に訊くと、包丁を手にしながら答えた。
「夜泣きで眠れないでしょ。だから、母に預けたのよ」
 あるはずの声がない静寂空間――。
 お蔭で久ぶりに熟睡できた。夫は義母に感謝した。
 寝覚めの気分も最高で、いつもは睡魔で喉を通らない朝食も食べきることが出来た。
 が、出掛ける時、恒例のゴミ袋を手渡されて、夫は息を呑んだ。
 大きく膨れた紙袋があった。しかも入れてある指定のゴミ袋はいつもの大袋ではなく、特大袋だ。
 ずしりと片手にくる重量は、程度の水分を含んだ何かに違いない。
 持たされた何かを持って捨てに行く。すると、
「クロちゃーん!」
 また隣の奥さんが声をあげていた。
 不意に思い出された「見られたくないゴミもあるでしょ」。妻は何を入れたのか。
 背筋に悪寒が走る。紙袋に手を掛ける。意を決して開くと、異臭が鼻をついた。
 ありえない。妻がまさか――。
 中身を見る。その途端、水分を吸収する大量の紙の束が見えた。
 妻が見られたくないと言ったモノを見てしまった。
 そういえば、妊娠後何か月に、アノ日がはじまるって言っていたっけ。娘の粗相も見てしまって申し訳ない。大量の水分を含んだものだ。重くて当然だ。
 しかも使い古した自分の下着も入っている。
 仕事を終えて帰った時、娘を連れてきた義母と目が合った。
「お腹痛いって言われてね。預かったのよ」
 聞くと、隣の猫も帰ってきたらしい。
 変に詮索してしまった自分につかれて、夫はただ大きな息を吐いた。
< 45 / 89 >

この作品をシェア

pagetop