短編集 ~一息~
『訳あり物件』

 ある高級住宅地に格安の豪邸があった。新築当時は三億だった家だが、現在では五千万となっている。
 外観、内装を見ても文句なしの破格の値段。見学した誰もがこの金額でいいのですかと問う。そして、何故、この価格なのですかとも訊く。
 その度に不動産業者は、深い息を吐いてから答えるのだ。
「実は、訳あり物件なのです」と。
 夜な夜な寝室に響くラップ音。女のすすり泣く声。
 幽霊を信じない者まで見たと言うのだから、幻覚ではないのだろう。決まった時間、丑の刻に金縛りにあったという話もある。
 何故そこが訳あり物件となってしまったのか。業者は理由を知っていた。
 豪邸には、ひとりの女性が住んでいた。コツコツと貯金をし、その貯金からビジネスを広げ、一気に億万長者となった。更に女性には他人が羨む美貌もあった。
 が、女性には男性との出会いがなかった。金と美貌、その二点を得るために女性は親友や人を思いやる気持ちを捨てていたのだ。
 孤独に苛んだ女性は自ら自宅で命を絶った。それ以来、女性の霊は成仏せずに住み着いてしまったのだ。
 物件としては最上級。それでも訳ありなので売れない。業者は頭を悩ませた。
「仕方ない。違う不動産に手放すか。こんな問題物件を抱えていたら赤字のままだ」
 高額物件だからこそ、手にしていると税金がかかってくる。
 そのため訳あり物件は、違う不動産業者に託された。すぐに手を出す者はいないだろう。そう考えていたが、意外にも訳あり物件は数週間後に売れたという情報が入った。
 何故、売れたのだろうか。不動産業者は首を傾げた。
 もしかしたら、訳あり物件だということを隠して売却したのかもしれない。それなら頷ける。しかし、情報を訊くと、訳あり物件として売ったという話だった。
 理由が聞きたくて、不動産業者は託した相手に電話をかけた。
 一体、いくらで売ったのか。どうやって売ったのか。
 出た相手はこちらが驚く答えを告げた。
「えっ、売った方法ですか? 競売ですよ。思った以上の値がつきましてね。お宅さまには本当に感謝しています」
「思った以上の値? 一体、どうやって売ったのですか」
 売れた理由を訊かないわけにはいかない。恥を承知で訊くと相手はさらりと答えた。
「知らなかったんですか。あの豪邸の住人、元女優だったんですよ。幽霊になって、夜な夜なすすり泣きながら情熱的に抱きついてくると宣伝したら、成り金男性が高額で落札してくれたのです。うちの社員の体験済みリポートが特に効いたようですね」
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