短編集 ~一息~
『リアリティ』

 新作出版に向けて本格推理小説を書いている時、インターフォンが鳴った。
 映像モニターを見ると、正装姿の男性が立っている。
 見知った顔ではないが推理小説家の経験上、素性の推測ができた。どこかの編集担当だろう。
「どなたでしょうか」と訊くと、やはり「○○出版の者です」と返ってきた。
 不審がられるのではないかという判断だろう。名刺を取り出して映像モニターに向けている。
 丁寧な挨拶をする相手だ。連絡なしの訪問ではあるが扉を開いた。
「お忙しいところ申し訳ありません。お近づきの印にこれを」
 箱には高級海鮮缶詰セットとある。すぐに仕事の話だなと察した。
「私の仕事は高いですよ。外ではなんですから中へどうぞ」
 男性は渇いた笑みを浮かべて中に入った。
 本気で捉えたのだろうか。自作品の主人公の真似をしただけなのだが。
 居間に通してお茶を出すと、男性は単刀直入にとばかりに語りはじめた。
「実は先生にリアリティを追求したファンタジーを書いていただきたいのです」
 何とも妙なことを言う。
 ファンタジーにリアリティ? 現実世界ではありえないことを書くファンタジーで、リアリティを追求したらどうなるのか、わかっているのか。
「おっしゃっている意味が、よくわからないのですが」
「先生のおっしゃりたいことはわかります。夢を壊すなと言いたいのでしょう」
 どうやらわかっているらしい。しかし依頼された以上は私も真剣だ。
「やるなら徹底的に書きますが、いいですね」
「はい、先生が警察機関の闇に隠れた部分を綴り、常にリアリティを求めて執筆されていることは承知しています。必ず原稿料は払います。原稿の指定枚数はこちらに……」
 枚数は多くない。短編ということだろう。雑誌で様子を見るということか。
 私は筆を走らせた。
 リアリティを追求するのなら、現実世界にドラゴンが出現した話がいい。
 そこからが本気だ。
 体重五十キロの人間が飛行するには少なくとも片翼五十メートルが必要らしい。しかもハチドリのように羽ばたかないと飛べない。では巨竜ならどうか。
 火を吹くのも生物学上では無理だ。そこでホソクビゴミムシの生態を資料とする。体内で二つの化学物質を分泌化合。化学反応して沸点まで達した液体を吹き出す。
 自衛隊は巨竜を撃ち落とすことはできないだろう。落下した途端、周囲に大地震が起きるからだ。
 更に体に対して翼が大きい不格好なドラゴンは、後回転運動を繰り返しながら飛行する。
 辺りに飛び散る沸騰した液体。方向を見失ったドラゴンは進路を変えて他国へ――。
 数日後、出来あがった原稿を渡すと、男性は頭を深くさげて原稿料を渡してきた。
 約束していた倍だ。驚いたが、男性は予想以上の出来ですとご満悦だったので返さないことにした。
 そして私の作品が雑誌に載った。
『一流本格推理作家が綴るリアリティあふれるファンタジー』と、書かれた見出しの最後に『コメディ』と加えられていた。
 仲間からかかってくる電話は全て、「先生にコメディの才能まであるなんて驚嘆しました」という称賛。
 かなり複雑な心境の中だが新天地を見た。
 私、コメディもいけるかもしれない! と。
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