短編集 ~一息~
『来客は?』
目覚まし時計が朝をしらせる。
時刻は五時を差していた。起きあがった彼女の通勤時間としては早すぎる。
その日は大雪警報が出ていたので、遅刻してはいけないと早めに目を覚ましたのだ。窓を開けて確認すると、既に車通勤を断念するほどの雪が降り積もっていた。
電車は動いているだろうか。会社まで歩くとしたら三十分はかかる。
すぐに彼女は出掛ける準備をして、定年退職した父と専業主婦の母に声をかけた。
「お父さん、お母さん、もう出掛けるね」
途端に足音が聞こえて、母が玄関先に出てくる。
「気をつけて行ってらっしゃい。時間は大丈夫?」
「子供じゃないんだから……お母さんも大雪だから気をつけてね。外出は控えたほうがいいよ。なにか帰りに買ってきてほしいものとかある?」
「昨日、買い溜めしたからいいわ」
日常生活の中で交わされる普通の会話。
いつもより厚めの上着と雪用ブーツを履いて彼女は出勤した。
後に起こる事件など予想もせずに――。
仕事を終えた頃には、降っていた雪もやんでいた。
しかし雪は溶けてきっていないので、足元が危険なことに変わりはない。
彼女は慎重に歩を進め、除雪車が創作した垣根のようになった雪壁に気をつけながら帰宅した。
その時、頭上のほうから声があがった。
「お前、無事だったのか! 電話を聞いて心配していたんだぞ」
雪おろしをしている父である。それにしても要領を得ない言葉だ。彼女は首を傾げた。
「電話? 何の話?」
「車で正面衝突して相手を大怪我させたって、弁護士から電話がきたぞ。本来なら刑事罰ものですが、示談ですむので安心してください。今からお金を取りにいきますって」
「それって詐欺じゃない。第一、今日は私、車通勤していないし……お金、渡してないでしょうね!」
彼女は慌てて家の中に飛び込んだ。居間には母の姿があり、驚いた表情を見せた。
「大丈夫だったの。怪我はない?」
テーブルの上には厚く膨れた茶封筒が置いてある。中身を見てみると現金が入っていた。
「電話なんて嘘に決まっているでしょ。けど良かった。何もなくて……それで来客は?」
「それが、二時間前に近くにきていますって連絡がきて、まだなのよ」
戸が開く音がして、雪おろしを終えた父が入ってくる。
「お父さん。その時、雪おろししていたんでしょ。誰かきたか、わからなかった?」
「いや、その時間帯はお前のことで動揺していて見てなかったな。ただ雪おろしに必死だった。途中で帰ったんじゃないか」
「まさか。近くにきているって言っていたのに? まあいいか。被害がないのなら」
炬燵に入ってゆっくりしていると電話がかかってきた。
どうやら、お隣にも似たような電話がかかってきたらしい。どう対処すべきが悩んでいたらしいのだが、結局来客はこなかったようだ。
被害はなかったので、警察に連絡する必要もなく安心した。
それにしても正体不明の来客話だ。どこにいったのだろうか。
窓から外の様子を見ると、また雪が降ってきている。極寒の大地だ。春になるまで雪は溶けることはないだろう。
父が雪おろしをして、更に高くなった雪壁を窓から見つめながら彼女は深い息を吐いた。
目覚まし時計が朝をしらせる。
時刻は五時を差していた。起きあがった彼女の通勤時間としては早すぎる。
その日は大雪警報が出ていたので、遅刻してはいけないと早めに目を覚ましたのだ。窓を開けて確認すると、既に車通勤を断念するほどの雪が降り積もっていた。
電車は動いているだろうか。会社まで歩くとしたら三十分はかかる。
すぐに彼女は出掛ける準備をして、定年退職した父と専業主婦の母に声をかけた。
「お父さん、お母さん、もう出掛けるね」
途端に足音が聞こえて、母が玄関先に出てくる。
「気をつけて行ってらっしゃい。時間は大丈夫?」
「子供じゃないんだから……お母さんも大雪だから気をつけてね。外出は控えたほうがいいよ。なにか帰りに買ってきてほしいものとかある?」
「昨日、買い溜めしたからいいわ」
日常生活の中で交わされる普通の会話。
いつもより厚めの上着と雪用ブーツを履いて彼女は出勤した。
後に起こる事件など予想もせずに――。
仕事を終えた頃には、降っていた雪もやんでいた。
しかし雪は溶けてきっていないので、足元が危険なことに変わりはない。
彼女は慎重に歩を進め、除雪車が創作した垣根のようになった雪壁に気をつけながら帰宅した。
その時、頭上のほうから声があがった。
「お前、無事だったのか! 電話を聞いて心配していたんだぞ」
雪おろしをしている父である。それにしても要領を得ない言葉だ。彼女は首を傾げた。
「電話? 何の話?」
「車で正面衝突して相手を大怪我させたって、弁護士から電話がきたぞ。本来なら刑事罰ものですが、示談ですむので安心してください。今からお金を取りにいきますって」
「それって詐欺じゃない。第一、今日は私、車通勤していないし……お金、渡してないでしょうね!」
彼女は慌てて家の中に飛び込んだ。居間には母の姿があり、驚いた表情を見せた。
「大丈夫だったの。怪我はない?」
テーブルの上には厚く膨れた茶封筒が置いてある。中身を見てみると現金が入っていた。
「電話なんて嘘に決まっているでしょ。けど良かった。何もなくて……それで来客は?」
「それが、二時間前に近くにきていますって連絡がきて、まだなのよ」
戸が開く音がして、雪おろしを終えた父が入ってくる。
「お父さん。その時、雪おろししていたんでしょ。誰かきたか、わからなかった?」
「いや、その時間帯はお前のことで動揺していて見てなかったな。ただ雪おろしに必死だった。途中で帰ったんじゃないか」
「まさか。近くにきているって言っていたのに? まあいいか。被害がないのなら」
炬燵に入ってゆっくりしていると電話がかかってきた。
どうやら、お隣にも似たような電話がかかってきたらしい。どう対処すべきが悩んでいたらしいのだが、結局来客はこなかったようだ。
被害はなかったので、警察に連絡する必要もなく安心した。
それにしても正体不明の来客話だ。どこにいったのだろうか。
窓から外の様子を見ると、また雪が降ってきている。極寒の大地だ。春になるまで雪は溶けることはないだろう。
父が雪おろしをして、更に高くなった雪壁を窓から見つめながら彼女は深い息を吐いた。