短編集 ~一息~
『ヒーローの悩み』
皆は知らないであろう。
地球では人類と怪獣との戦いが日々繰り返されているということを。
これが公(おおやけ)にされない理由は、戦いに身を投じる者たちが素性を隠しているためだ。
今日も私、リーダーであるレッドは、悪の怪獣から人々を守るために戦う。愛する家族とともに。
「お父さん。お母さんが買い物に出掛けるから、なにかあったらお願いってさ」
すこし寝坊して遅めの朝食を食べていると、息子……いや、イエローが声をかけてきた。
「馬鹿もの! イエロー。メンバーだけの時はレッドと呼べと言っただろう」
「嫌だよ。俺、来年には社会人だよ。父さんもそろそろヒーローは引退して、まともな職に就けよ」
どうやら、イエローは反抗期というものらしい。あの年になって任務に誇りをもてないとは嘆かわしい。
逃げるように自室にこもってしまったイエローを見て息を吐く。
すると、娘……いや、ホワイトが胸元をはだけた、けしからん格好で私の前を通った。
まあ、私は心優しいリーダーで通しているので、これくらいの非行は見逃すとしよう。
「お父さん。私、これからデートに出掛けるから」
「なにっ、ホワイト。いずれレッドになる男かもしれん。紹介しなさい!」
「嫌よ。それとお父さん。彼の前では絶対にホワイトなんて言わないでよ。それにヒーローなんて続ける気ないから」
衝撃的な言葉を叩きつけられて、私は呆然と立ち尽くしてしまう。イエローだけでなく、ホワイトまで――。これは由々しき事態だ。
いくら地域密着型ヒーローとはいえ、ご近所さんを守るのは我々しかいないのだぞ。
ああっ、家族ヒーローとして怪獣を倒してきた、素晴らしき日々はどこにいってしまったのだろうか。
イエローが五歳の時、巨大ロボに搭乗して機銃を見事に命中させた時は、この子は天才だと思ったものだ。
ホワイトだってそうだ。三歳の時、右の強烈サイクロンパンチを偶然にも発動させた時には、この子に巨大ロボの主動力を任せようとまで思ったのだ。
あの子たちには才能がある。それが何故だ。私はどこで間違った。正義を説き、悪を討つ行為そのものが間違っていたというのか。
頭を抱えていると、床を蹴る爪の音が近づいてくる。
「おお、ブルー。お前はわかってくれるよな」
「クーン。ワン」
尾を振ってお座りか。おやつの催促だったんだな。お前が怪獣の脛を噛みついた時は感動したものだが。いや、やらないぞ。私の気持ちは沈んでいるんだ。
その時だ。自転車のブレーキ音がしたかと思うと妻が……いや、ピンクが物凄い形相で飛びこんできて、私を睨みつけた。
「なにをボーとしているの。怪獣が出たのよ。危ないから朝のセールをやめるって。出動するわよ!」
続けて娘が……いや、ホワイトが戻ってきて顔を紅潮させながら、私に鋭い視線を向ける。
「あの怪獣。せっかくの遊園地デートの邪魔を! 出動するわよ」
目の前が霞む。ああ、ようやく正義のヒーローらしくなってきた。
これでイエローがその気になってくれたらと思ったら、扉が勢いよく開いた。
「怪獣が電力会社を壊しやがった。ゲームができねえ。ぶっ倒す!」
「ワン!」
反抗期のイエローとブルーまで。ようやく家族の志がひとつになったな。私は嬉しいぞ。
今日も私たちは悪の怪獣から人々を守るために戦うのだ。正義の思いを結集させて。
さあ、出動だ。
それにしても変だな。今日は全員殺気立っている気がするが……まあいいか。
皆は知らないであろう。
地球では人類と怪獣との戦いが日々繰り返されているということを。
これが公(おおやけ)にされない理由は、戦いに身を投じる者たちが素性を隠しているためだ。
今日も私、リーダーであるレッドは、悪の怪獣から人々を守るために戦う。愛する家族とともに。
「お父さん。お母さんが買い物に出掛けるから、なにかあったらお願いってさ」
すこし寝坊して遅めの朝食を食べていると、息子……いや、イエローが声をかけてきた。
「馬鹿もの! イエロー。メンバーだけの時はレッドと呼べと言っただろう」
「嫌だよ。俺、来年には社会人だよ。父さんもそろそろヒーローは引退して、まともな職に就けよ」
どうやら、イエローは反抗期というものらしい。あの年になって任務に誇りをもてないとは嘆かわしい。
逃げるように自室にこもってしまったイエローを見て息を吐く。
すると、娘……いや、ホワイトが胸元をはだけた、けしからん格好で私の前を通った。
まあ、私は心優しいリーダーで通しているので、これくらいの非行は見逃すとしよう。
「お父さん。私、これからデートに出掛けるから」
「なにっ、ホワイト。いずれレッドになる男かもしれん。紹介しなさい!」
「嫌よ。それとお父さん。彼の前では絶対にホワイトなんて言わないでよ。それにヒーローなんて続ける気ないから」
衝撃的な言葉を叩きつけられて、私は呆然と立ち尽くしてしまう。イエローだけでなく、ホワイトまで――。これは由々しき事態だ。
いくら地域密着型ヒーローとはいえ、ご近所さんを守るのは我々しかいないのだぞ。
ああっ、家族ヒーローとして怪獣を倒してきた、素晴らしき日々はどこにいってしまったのだろうか。
イエローが五歳の時、巨大ロボに搭乗して機銃を見事に命中させた時は、この子は天才だと思ったものだ。
ホワイトだってそうだ。三歳の時、右の強烈サイクロンパンチを偶然にも発動させた時には、この子に巨大ロボの主動力を任せようとまで思ったのだ。
あの子たちには才能がある。それが何故だ。私はどこで間違った。正義を説き、悪を討つ行為そのものが間違っていたというのか。
頭を抱えていると、床を蹴る爪の音が近づいてくる。
「おお、ブルー。お前はわかってくれるよな」
「クーン。ワン」
尾を振ってお座りか。おやつの催促だったんだな。お前が怪獣の脛を噛みついた時は感動したものだが。いや、やらないぞ。私の気持ちは沈んでいるんだ。
その時だ。自転車のブレーキ音がしたかと思うと妻が……いや、ピンクが物凄い形相で飛びこんできて、私を睨みつけた。
「なにをボーとしているの。怪獣が出たのよ。危ないから朝のセールをやめるって。出動するわよ!」
続けて娘が……いや、ホワイトが戻ってきて顔を紅潮させながら、私に鋭い視線を向ける。
「あの怪獣。せっかくの遊園地デートの邪魔を! 出動するわよ」
目の前が霞む。ああ、ようやく正義のヒーローらしくなってきた。
これでイエローがその気になってくれたらと思ったら、扉が勢いよく開いた。
「怪獣が電力会社を壊しやがった。ゲームができねえ。ぶっ倒す!」
「ワン!」
反抗期のイエローとブルーまで。ようやく家族の志がひとつになったな。私は嬉しいぞ。
今日も私たちは悪の怪獣から人々を守るために戦うのだ。正義の思いを結集させて。
さあ、出動だ。
それにしても変だな。今日は全員殺気立っている気がするが……まあいいか。