短編集 ~一息~
『物騒な世の中』
派出所に勤務をはじめて二年目の新人警察官は、昨夜、酔っ払い同士の喧嘩を抑えたことを思い出しながら大きなため息を吐いた。
最近は物騒な事件が起きるようになった。
私怨や利欲からはじまる自分を満たすような身勝手な行為。そして自らを死に至らしめる行為まで。
不景気という理由があるのだろうが、こう増えると休日まで出動ということになる。
事件となれば刑事課の仕事となるが、小さな事件は派出所に転がりこんでくる。刑事課と違った事件解決への情熱は、ここでは存在しない。処理しては「今日は頑張ったな」と自賛するだけ。
「おまわりさん。大変です。きてください」
そして、今日も慌ただしい足音とともに事件が飛びこんでくる。
警察官は外に出た。言われた現場に駆けつけて状況を確認すると、そこには薄い布で肌を隠しただけの半裸の男がいた。
「お願いだ。誰かかくまってくれ。追われているんだ」
興味本位で近づいてきた者に端から懇願している。しかし、追われていると聞いて、快くかくまう者などいるはずがない。騒ぎに巻きこまれるのを嫌うためだ。
皆が遠巻きでやりすごしていた時に、警察官が現れたのだから大変だった。
「お願いです。牢屋でもいい。入れてください。このままだと殺されてしまう」
半裸の男が縋りついてくる。警察官は困惑した。職務のため助けるとはいっても、男が何に追われているのかわからない。詳細を聞かなければ、問題が生じるのではと考えた。
「ところで何で、そのような格好に……」
「強制的にされたんだ。あいつらは鬼だ。今生のお願いです。助けてください。このよう騒ぎは二度と起こしませんから」
男は興奮状態にあった。怒号をあげたかと思えば懇願。まるで人格が入れ替わったかのような変わりようだ。
「住所と電話番号、それと氏名を教えていただけますか?」
警察官は男の素性を詳しく聴くために、メモ帳を取り出した。
その瞬間、男の顔色が変わる。語るのを拒んでいるようだった。
そして、男の顔色が変える瞬間を警察官も見逃さなかった。語れないということは何かあるということだ。
「あんたの顔、どこかで見たことがあるな」
警察官は必死に思い出そうとする。答えに辿り着くのに時間はあまり必要なかった。
「あんた、確か指名手配されていた! 死んだと聞いたが……」
警察官が思い出して言うが、男は逃げなかった。それどころか、両手を突き出す。
「よかった。私を知っている人がいて。では、お願いです。今すぐ逮捕してください」
犯人に、そう言われて逮捕しない警察官はいないだろう。しかし、男の行動がおかしい。
それに――と、警察官は息を呑んだ。
「DNA鑑定で遺体は間違いないと聞いたぞ。しかし手配書の顔と……」
瓜二つだと言いかけたところで警察官はとめた。双子の可能性もあるが、その情報は聞いていなかった。仮に双子だとしても指名手配中の男に成りきろうとはしないだろう。
警察官は戸惑いながらも連行のため、男の手を取る。しかし、あまりの冷たさに驚いて、手をひっこめてしまった。
体温を全く感じない。死人のような冷たさだ。
その時、男の背後の空間が突然、歪んだかと思うと、異形の者たちが姿を現した。
人間とは違う肌の色と頭に生えた角。そしてするどい牙。
それは鬼だった。男がその鬼たちを見て悲鳴をあげる。警察官も呼吸すら忘れてしまった。周囲の者は気づいていないのか、それとも見えていないのか。何もないかのように通り過ぎている。
「まったく、地獄の人口削減をしていたのに、現世に逃げられるとはな」
そう言った鬼に後ろ首をつかまれ、半裸の男が大暴れする。
「嫌だ! 死んで逃げたのに、また地獄で苦しみながら死ななきゃいけないなんて」
鬼たちは叫ぶ男を引っ張りながら、歪んだ空間に消えた。ただその場で警察官は呆然と突っ立つしかなかった。
そこに慌ただしい駆け足とともに、半裸の男がいると報告してきた男性が戻ってきた。
「よかった。どうやら、何事もなく解決したようですね。今は物騒な事件が多いですからね。安心しました」
笑顔で言う彼に警察官は、唸るような声で「そうですね」と答えることしかできなかった。
派出所に勤務をはじめて二年目の新人警察官は、昨夜、酔っ払い同士の喧嘩を抑えたことを思い出しながら大きなため息を吐いた。
最近は物騒な事件が起きるようになった。
私怨や利欲からはじまる自分を満たすような身勝手な行為。そして自らを死に至らしめる行為まで。
不景気という理由があるのだろうが、こう増えると休日まで出動ということになる。
事件となれば刑事課の仕事となるが、小さな事件は派出所に転がりこんでくる。刑事課と違った事件解決への情熱は、ここでは存在しない。処理しては「今日は頑張ったな」と自賛するだけ。
「おまわりさん。大変です。きてください」
そして、今日も慌ただしい足音とともに事件が飛びこんでくる。
警察官は外に出た。言われた現場に駆けつけて状況を確認すると、そこには薄い布で肌を隠しただけの半裸の男がいた。
「お願いだ。誰かかくまってくれ。追われているんだ」
興味本位で近づいてきた者に端から懇願している。しかし、追われていると聞いて、快くかくまう者などいるはずがない。騒ぎに巻きこまれるのを嫌うためだ。
皆が遠巻きでやりすごしていた時に、警察官が現れたのだから大変だった。
「お願いです。牢屋でもいい。入れてください。このままだと殺されてしまう」
半裸の男が縋りついてくる。警察官は困惑した。職務のため助けるとはいっても、男が何に追われているのかわからない。詳細を聞かなければ、問題が生じるのではと考えた。
「ところで何で、そのような格好に……」
「強制的にされたんだ。あいつらは鬼だ。今生のお願いです。助けてください。このよう騒ぎは二度と起こしませんから」
男は興奮状態にあった。怒号をあげたかと思えば懇願。まるで人格が入れ替わったかのような変わりようだ。
「住所と電話番号、それと氏名を教えていただけますか?」
警察官は男の素性を詳しく聴くために、メモ帳を取り出した。
その瞬間、男の顔色が変わる。語るのを拒んでいるようだった。
そして、男の顔色が変える瞬間を警察官も見逃さなかった。語れないということは何かあるということだ。
「あんたの顔、どこかで見たことがあるな」
警察官は必死に思い出そうとする。答えに辿り着くのに時間はあまり必要なかった。
「あんた、確か指名手配されていた! 死んだと聞いたが……」
警察官が思い出して言うが、男は逃げなかった。それどころか、両手を突き出す。
「よかった。私を知っている人がいて。では、お願いです。今すぐ逮捕してください」
犯人に、そう言われて逮捕しない警察官はいないだろう。しかし、男の行動がおかしい。
それに――と、警察官は息を呑んだ。
「DNA鑑定で遺体は間違いないと聞いたぞ。しかし手配書の顔と……」
瓜二つだと言いかけたところで警察官はとめた。双子の可能性もあるが、その情報は聞いていなかった。仮に双子だとしても指名手配中の男に成りきろうとはしないだろう。
警察官は戸惑いながらも連行のため、男の手を取る。しかし、あまりの冷たさに驚いて、手をひっこめてしまった。
体温を全く感じない。死人のような冷たさだ。
その時、男の背後の空間が突然、歪んだかと思うと、異形の者たちが姿を現した。
人間とは違う肌の色と頭に生えた角。そしてするどい牙。
それは鬼だった。男がその鬼たちを見て悲鳴をあげる。警察官も呼吸すら忘れてしまった。周囲の者は気づいていないのか、それとも見えていないのか。何もないかのように通り過ぎている。
「まったく、地獄の人口削減をしていたのに、現世に逃げられるとはな」
そう言った鬼に後ろ首をつかまれ、半裸の男が大暴れする。
「嫌だ! 死んで逃げたのに、また地獄で苦しみながら死ななきゃいけないなんて」
鬼たちは叫ぶ男を引っ張りながら、歪んだ空間に消えた。ただその場で警察官は呆然と突っ立つしかなかった。
そこに慌ただしい駆け足とともに、半裸の男がいると報告してきた男性が戻ってきた。
「よかった。どうやら、何事もなく解決したようですね。今は物騒な事件が多いですからね。安心しました」
笑顔で言う彼に警察官は、唸るような声で「そうですね」と答えることしかできなかった。