短編集 ~一息~
『七色クジラ』

 穏やかな風が抜ける広大な青い海。頭上には雲ひとつない空。
 少年は心を潤す潮風を受けながら、自分より大きなボートに乗っている青年たちの話を聞いていました。
「僕はここが好きだから残るよ」
「僕はここより楽しそうな場所を探しにいくよ」
「僕は新しい島を見つけるんだ」
「僕は嵐の先に何があるのか見てみたいんだ」
 それぞれが熱い想いを語り、それぞれが思い思いの方角へ船を出していきます。
 全ての青年たちの旅立ちを見届けた少年は、まずは大きな深呼吸をしました。
 肺にたっぷりの潮風を吸いこんで吐こうとした時です。少年は、七色クジラの声を聞いた気がしました。
 虹がかかるところにいるといわれる、誰も見たことがない七色クジラ。
 七色クジラを見ると幸せが訪れ、七色クジラが吹きあげる潮は虹を生み出すと伝えられていました。
「そうだ。僕は七色クジラを探しにいこう!」
 少年は自分の想いを海に向かって語ると、七色クジラの声がしたほうへボートを向けました。
 何があるのかわからない広大な海。少年のボートは波を分け、飛沫を散らして進みます。
 新しい島が見えました。時には、嵐が襲いかかってきました。
 けれど、少年は七色クジラの声だけを頼りに進みます。
 テーブルサンゴの上にあった、七色クジラの赤のカケラ。
 海岸に貝と一緒に打ち上げられていた、七色クジラの橙のカケラ。
 孤島のヤシの木の下にあった、七色クジラの黄のカケラ。
 ウミガメの背中に乗っていた、七色クジラの緑のカケラ。
 嵐を越えて見つけた、七色クジラの青のカケラ。
 潜って見つけた、七色クジラの藍のカケラ。
 海辺の洞窟の中にあった、七色クジラの紫のカケラ。
 カケラのひとつひとつが見つかって、七つのカケラが集まりました。
 けれど少年は知っていました。七つのカケラが集まっても、七色クジラにはならないと。
 虹には人が見えない色もあるのです。見えない色のカケラは拾うことができないのです。
 どんなにはやく虹に向かって船を走らせても、七色クジラに追いつくことはできないことも知っていました。
 けれど、少年は虹がかかる場所を目指します。
 いえ、既に少年は長い旅をするうちに青年になり、たくましい大人になっていました。
「そうだ。僕は見えないものをつかみに行くんだ!」
 少年から大人になった彼は、新しい想いを海に向かって語ると、七色クジラの声を求めてボートを進めます。誰も見たことがないキラキラとしたカケラを見つけるために。
 そう、七色クジラは世界中の人の心の中にあり、見つけられる時を待っているのです。
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