短編集 ~一息~
『本物』

 ある病院の病室に、回復見込みなしの重病とされる、ひとりの少女がいた。
 そしてその少女は、オー・ヘンリーの小説にある最後の一葉と同じように、窓の外に見える一枚の蔦の葉を見ながら、あれが散った時が自分の最期なのだと信じこんでいた。
「あれが散ったら終わりなんて、馬鹿なことを考えちゃいけないよ……」
 医者や家族が何を言っても、少女は聞かなかった。風の日も雨の日も葉を見続けた。
 しかし、少女がいくら待っても葉は落ちなかった。
 季節は巡りに巡って冬を越し、春になる。優しい光にあふれた春の日の朝、少女はいても立ってもいられずに、小説の内容を思い出して窓を開けた。
 オー・ヘンリーの小説、最後の一葉。年老いた画家が悲観した少女のために、本物のような葉の絵を雨風の日に描いて、彼女の生きる気持ちのために、治る見込みのない肺炎にかかってしまう悲しい話を思い出して――。
 あの話のように誰かが絵を描いたのではないかと思ったのだ。ところが葉は絵などではなく、確かに風に揺れている。
 それを見た少女は、風雨に負けない蔦の葉に勇気づけられると、奇跡的な回復を果たして数か月後には退院していった。
 少女の退院を医者や看護師全員で祝って送り出す。もう二度と彼女は病室に戻ってこないだろう。全員が安堵した。
 そして、家族に連れられて少女が消えたのを見計らったように、ひとりの男が姿を見せた。手には何本かの配線を持っている。
「どうでしたか? わが社の商品は……今なら、風雨にも乱れず、肉眼でも本物に見え、縁さえもない、外付けスリーディーテレビが十万円代でお買い得です!」
 営業常套句で宣伝する電気店の男を前に、病院関係者は答えた。
「そうだな。ここまでの性能とは思わなかったよ。うちのも新しいのに買い替えるか……何よりも、人を元気づけられるものなら、いくらでも買い入れるよ」
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