ラヴィアン王国物語
序章 ラヴィアンの夜を迎えて
 眼の前には大きな虎の置物。随を凝らして神々が彫られた寝台の存在感。

 色とりどりのクッション数個に寄り掛かり、怪しげな煙管を銜えている男はラヴィアン
王国、第二王子アル・ラティーク・ラヴィアン。

 くゆらせた煙管の香油がやけに甘ったるく、アイラの鼻に悪戯をした。

「僕のハレムへようこそ、奴隷。怖がらなくていいよ。ちょっとの辛抱だ」
 頬を撫でられた刹那、視界に桃色の靄が立ち篭めた。

『いいんだよ、気持ちを解き放って、何もかも忘れて、幸せな気分に浸れ』
 隠された双眸の向こう。子供をあやすような優しい口調にほっとした。
「よし、僕の魔法にかかったな。さて、手を離そう。風景をよく見るんだ」

(魔法? ああ、あたしのチッパイが高鳴って来た……)

 矢先、声音がグッと低くなった。

 アイラ自身のささやかな胸に、愛を込めて呼ぶ

チッパイ

が少しだけ膨らんだ。
 
ラティークの手が離されると、アイラの前の風景は一気に鮮やかになる
 ——ここはラヴィアン王国、砂漠の風が通り過ぎる、熱砂の王国。
 時刻は夕暮れ、砂漠の夜は穏やかで、少しだけエキゾチックで気分が高揚する。
 ニヤ、と笑ったラティークの顔が眩しい。
 アイラはラティークの両肩に腕をしなだれかけ、色っぽく、夢うつつに囁いた。

「ねえ、あたしを奪って、滅茶苦茶にして」

「さすがは、どんな夜でもお手の物の娼婦だ」

 ラティークの乾いた茶色の髪が光に透けた。深い色に包まれた金と緑の瞳、砂漠育ちの
割りには焼けていない肌。綺麗な唇が少し開くと、揃った真っ白い歯が見える。
 着用している服は変形させたトーブ。腰にぶら下げているランプも値打ちモノだ。首に
提げた鈍い光の石は歴史を感じさせる如く厳かに光っている。肉体も、ハレムを切り盛り
する王子らしく、磨かれていて、時折香る匂いも嫌いではない……。

(あ、あたし、何魅入ってんの……!)

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