ラヴィアン王国物語
 ラティークは寝台を軋ませ、アイラに上半身を近づけた。
頬を傾けられると、砂漠の薔薇水が香る。

ついと顎を指で持ち上げられて、眼を閉じた。


 ——キスだ。初めての。どうしよう、どうなるんだろう、どうしよう。


 心臓が爆発したら、世界は終わってしまうのか。揺れた睫が悪戯をする。めくるめく世
界はすぐそこ——……。

 アイラの一文字の唇に、すっと冷たい唇が触れた。

 途端に、燃え上がり切った熱が引いていった。

 
あれ? 何、この取り残され感。



 アイラは眼を開け、まじまじとラティークの虎の眼を見やった。
当のラティークはニヤニヤしていたが、すぐにアイラの異変に気付いて首を傾げた。

「急に冷め切った表情になったな……」

 しばし考え込み、間を開けて、「もう一度」とアイラに唇を重ねた。やはり胸には広がる
虚無感こそあれど、先ほどの高揚はない。チッパイにつむじ風が吹き抜けた。

 ——なに、この趣味の悪い部屋。

 刳り抜かれた窓から、砂だらけの大地が見える。腰のランプは汚れすぎ。

(急に見窄らしく見えて来た。首飾りは古風っぽくて趣味が良くないし)

「どうなってる?」

 低く虎のように唸ってラティークは、ゲンコツでランプを殴った。

とたんにモクモクと緑の煙が注ぎ口から立ち昇り、もそもそと光の環になった。
ぽわ、と小さな爆発がして、ラティークにそっくりな吊り目の金の瞳がぶつかった。
 緑のフサフサの毛並みを揺らし、背中を向けたそれ。小さな緑の虎が、ちょこんと白い
手足を揃え、丸い耳を伏せ気味にしてアイラの足元に座っていた。

(やだ、可愛い! だっこしたい! なに、この生きもの!)

 ラティークは遠慮会釈なく、緑の虎の首根っこを持ち上げた。

「おい、シハーヴ! ど・う・い・う・こ・と・だ。
説明してもらおうか! 魔法効いていないぞ! この、半人前精霊!」

 見ていると、緑の虎は暴れてラティークから逃れ、壁を蹴ってくるんと宙返りした。
 髪は薄い緑。よく見ると、肌もほんのり緑の光に輝いている。眼は赤いが、金を混じら
せた色合いだ。人ではない。

(まさか、精霊? しかも、子供?)

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