ラヴィアン王国物語
 膨れた頬に指を這わせると、アイラは黒檀の瞳をチロと上げた。
 しっかりと相手を見る。
 熱射病で朦朧としていた出逢いの瞬間も、しっかりとラティークを見ていた。


「うにゅ」

 くすぐったそうに洩らす声はどうにもこうにも男心をくすぐってくる。

(面白い。王女だけあって、男経験はない様子。それはそれで奥ゆかしいが、性格は闊達だ。なのにこの感じやすさ。繊細なのか、強いのか。もう少し観察すべきか)

「ちょっと、もう! ハレムの話、聞かせて欲しいのに!」

 アイラは嫌がるように背中を向けた。残念。お遊びはここまでのようだ。

「兄貴のハレムは月に一度。妻候補が三百人もいる。更に徳妃と呼ばれる八人が妻の座を奪い合っている。兄貴は面白そうに見ているだけで、本気ではないようだが」
「魔法で引き留める貴方はどうなのよ」

 アイラの正論にラティークは押し黙った。

「お兄さんだって、精霊を利用しているかも知れないじゃない。それに、第一宮殿には皆が閉じ込められてる。ハレムなんかに参加してる場合じゃないよ」
「ハレムは国交の場だからね。表だって交渉できない相手と交渉する絶好の機会だから。裏取引と言えばいいか。国は綺麗事だけでは動かないものだ」

「スメラギの嘘つき」とアイラは頬を赤らめ、何度も頬を叩いて見せた。

「顔、真っ赤になっているが」聞いた途端、アイラの背中はますます丸くなった。

「ハレムはヨメ探しって聞いた……」
「それは大昔の話。勿論、現在も意図的ではあるけれど、王子の権限に任されてる。僕は適度に楽しみはするが、外交相手の中から嫁を決めるつもりはないな」

 聞いた背中が、ほ、と緩く動いた。寝そべったまま、果物に手を伸ばすと、アイラは真っ先に葡萄を持たせてくれた。

(そういえばいつぞやも果物を揃えて持ってきたな。僕の好みを分かっているのか)

「きみも、どうぞ。砂漠は喉が渇くから、産地から取り寄せているんだ」

 一房をもいで差し出すと、アイラは嬉しそうに葡萄を受け取った。
 齧り付かず、小さな口に一つ一つ大切そうに葡萄の粒を運ぶ仕草は栗鼠のようで愛らしい。
 部屋に、僅かな水音だけが響く中、ラティークは呟いた。

「兄の第一宮殿に関しては、僕は手を出せない。親父が目覚めない理由も分からないし、ハレムに男の僕は入れないんだ」

 あまり聞かせたくない話だが、アイラも同じく、何か重いモノを背負っている風情。

(国のために敵国へ来た。素晴らしい度胸。同じ国を背負う者として尊敬するに値するよ、ヴィーリビア王女さま、だから、敬意を示して打ち明けよう)

 加えてアイラは目的のためなら行動をさっさと起こす危険な王女。探り出される前に説明するが賢明だろう。ラティークは口を開いた。


「父は原因不明の昏睡状態に陥っている。数年間目覚めていない」


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