ラヴィアン王国物語
「自然に見張られているみたいね……自然も敵、他国も敵……あたし、耐えられない」

 ふっと笑うと、ラティークはゆっくりと歩き出した。サンダルの爪先で、時折風が悪戯をする。夜風がラティークの前髪をふわりと舞い上がらせて、去った。

「証拠はある。僕の前に、一人、王子がいたが消されている。だから、僕は来た奴隷すべてを僕の虜にさせたんだ」
 ラティークは短剣を抜いた。赤い石の填め込んだ大振りのギザギザの短剣。

 恐らく精霊道具の一種だ。振りかざして、ラティークは口調を強くした。

「僕は殺されるわけには行かない。精霊を無理矢理従えても、暗殺者を退けてでも」

(あたしを疑ってる! 奴隷として潜り込んだから?)

「ちょっと、剣下ろして……っ」

 ラティークは構わずにアイラの首に短剣を当てた。冷たい刃が、少し汗ばんだ皮膚を刺激する。刃先をアイラの喉に引く真似をして、ラティークは低く訊いた。

「慎ましいと評判のヴィーリビアの王女を騙り、僕を狙っている理由は何だ」

 アイラは目を瞠った。疑っている方向がまるで違う。

「評判と違ってごめんなさい。実は、ネコ被ってたの! あたし、正真正銘のヴィーリビアの王女ですっ」
 アイラは叫んだ。ラティークは短剣を下ろし、靜かにアイラを見下ろした。

「本当よ? 証明はないけど……信じて、ください」

 ぺこりと頭を下げると、ラティークは「本当に?」という表情をした後、悲しそうな笑顔を浮かべた。誰にも心を許さない自分が許せないような。戒めの笑顔。

(殺されるのが怖くて、全員を虜にしているなんて、ばかげている)

 でも、アイラの怒りは消え失せた。王子と王女の宿命。権力などいらないと思っていても、利用しようとするもの、取り入る者、騙すもの、取って代わろうとする者。常に王子と王女には策謀が渦巻く

「あ、あたし、少し理解できる。外野がガチャガチャうるさいの。好きにさせろって怒鳴りたくなるんじゃない?」

 ラティークは「外野がガチャガチャか」と驚いた後、安堵の息を吐いた。

 ぎゅっと抱き締められて、ラティークの肩先でアイラは睫を揺らし続ける。

「あ、あの……」口をモゴモゴ動かすと、ちょうどラティークの鎖骨に当たる。

「良かった。きみが僕への暗殺者でなくて」



 ラティークはゆっくりと優しく告げ、アイラの髪を何度も撫でた。
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