ラヴィアン王国物語
 ラティークは眼球を右上に持って行く癖がある。
 唇は引き締まっていて温かい。夜風にマント、伸びた頭布を靡かせて。


 黙って立っていると、やはり熱砂の王国の王子だなと思う。……なんだ。また見惚れている。



「ねえ、魔法使うの、やめていいんじゃないかな?」

 ラティークは靜かに微笑んだ。(きゅん)とアイラの胸が鳴いた。

(……きゅん? また、魔法が襲いかかってきたぞ。負けるものか)話題を変えた。

「ねえ。さっきのもう一人王子がいたって話……その王子、どうしたのかな?」

 ラティークは首を振った。頭布を乱暴に引き、パサパサの髪を揺らした。

「分からない。僕は事実上第二王子ではないかも知れないな。その、第三の王子がいつ復讐にくるか。そもそも本当にいたのか、定かではないし」

 一気に喋ると、ラティークは噴水に頭を突っ込んで、水飛沫をまき散らせた。
 ざばりと顔を上げた流し目にまた(きゅん)と心臓が鳴いた。

(なんだ。さっきからきゅうん、きゅうんと。いつ心臓に小犬を飼ったんだ)

「本当はね。たった一人をずっとそばに置いて、大切にできればそれでいい。王子なんて政治の道具。逃げられるものなら、逃げたいね」

 それは冗談めかした口調だったけれど、アイラには笑えない話だった。

(奴隷にまで身をやつして、あたしもまた、王女の立場から逃げたかった? そう、全てを投げ捨てて、一人の少女として生きたかったのかも知れない)

「あたしも誰かの大切な一人になれるかな……楽になりたいよ。普通の女の子として」

 ラティークの顔が強ばった。手がそっと髪を撫でた。どきりとして目を瞑る。唇が重なる距離をどこかで期待する。ラティークのキスは温かく、とっても気持ちがいい。

(ああん、やっぱり魔法よね、コレ……なんで期待しちゃうんだろう)

「見つけた。ずっと髪についてた。後向きなこと、考えていただろ。こいつが張り付いてたせいだ。全く油断ならないな。闇の精霊の一種だよ」

 つまみ上げたは、あの扉に無数に張り付いていたガラの悪い毛虫精霊だった。

「腹立つ毛虫!」
 嫌いなのも忘れて、アイラ自らつまみ上げて草むらに放り投げた。

 紫の毛虫は『お助けをぉ』と言わんばかりに地面で丸くなった。
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