ラヴィアン王国物語
 アイラは立ち上がり、水差しを手に廊下を出た。


(確か宮殿の庭の一角に噴水があったはず)

 記憶通り、噴水に辿り着いた。

 夜の噴水は細々と水を噴き出させている。唯一見えるオアシスが水源らしい。

(ラティーク、あたしが水の王女だから落ち着くだろうと、連れてきてくれた。嬉しかった……。とっても……でも、言えなかった、な)

 月明かりの下、銀色に光る水面を覗き込むと、不安そうなアイラの顔が揺れていた。

「何て顔、してるのよ、あんた。元気が取り柄なのに」

 映ったアイラの顔に向けて、水差しを突っ込んだ。水面は揺れて、不安ごと砕けた。ついでにバシャバシャと水の底を攫ってみたが、透き通った水の中には、なにもなし。

コイヌール、ヴィーリビアの秘宝。
青く透き通り、ガラス玉の宝石の輝きを持った、それはそれは美しい青い宝石。

普段は神殿のウンディーネ樣が手にするべき石。


(あたしが七歳の時にはあったから、次に水の年頃を迎え、拝謁した十四歳の七年間の間に誰かが盗み出した話になる。だめだめ。月日の河が大きすぎて手に負えない)

「——……なんて弱音はこの際いいの!」

 アイラは頭を噴水に突っ込んだ。昼間にラティークが同じこの場所で、同じ動作をしていたと思い出すなり、頬が熱くなった。

 ……関係ない。砂漠は暑くて髪が焼けちゃうから、冷やさないと。

『たった一人では、僕の愛は溢れてしまう。受け皿は多く、たくさん必要なんだ』

 水を滴らせて、噴水に深く手を差し入れ、大きく腕を振った。

 きらきらと水飛沫が驚いて、銀のアーチを描いてはアイラの眼の前を横切り、散ってゆく。ラティークの時のように綺麗には舞い上がらない。もっと手を突っ込んだ。

「魔法なんか使うなっての。臆病者。ばかばかばかばか。もうもうもう!」

 悪態をついた瞬間、水面が勝手に大きく揺れた。なんだろう。胸騒ぎがする。


 アイラは胸騒ぎの速度になって、元来た道を引き返した。

 月明かりに照らされた中に、象面の男が立っていた。男は靜かに第二宮殿を向いている。

紫色の気配を漂わせた象面がアイラに向いた。

 側には黒い大きな影が揺らめいていた。
(やだ、怖い。ウンディーネ様、御守りください)

 アイラは後ずさりした。
 気付けば男の姿は消えていた。

 空が赤く焼けていた。第二宮殿のある方面だ。
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