ラヴィアン王国物語
「本当の兄弟なのに……攻めるって」
ラティークはアリザムや民衆から離れ、アイラを乗せたまま、駱駝を砂地で止めた。
「僕とルシュディは腹違いだ。それに、兄貴は変わってしまった。あれでもね、優しい兄だったよ。元から闇の素質があったんだ。来るべき日が来たのだろうな」
アイラは涙目で強く頷いた。
「きみは、危険顧みず、民を案じていた。だから助けたくなった。今度は僕を案じてくれた。礼を言うよ。一緒に、おいで」
返答代わりにアイラは素直に顎にすり寄った。
髪の柔らかさ、匂い。
(ハレムで、女を幾度も慰めた。だが、今、感じている愛しさは一度もなかったな)
ラティークは手綱を握り直した。感傷に浸るは、後でいい。
「兄が何らかの闇との契約を交わしたとすれば、僕には無理だ。父が倒れた時ですら、僕は蚊帳の外だった。でも、魔法にかかったハレムの女の子だけは護れたはずだ」
アイラの口調が涙混じりになった。やはり分かりやすい。
「だから頭に来る魔法をかけようとした? 護りたくて? ふふ、ラティークらしい」
「——君は、第一宮殿で、変にならなかったんだな」
今度はぼっと赤くなった。本当に感情豊かな王女。くるくると表情が変わる。
「逢った時、変な魔法かけられたからよ! 心操っておいて酷い」
いや、酷いも何も。心を操るなどどんな魔神にも不可能だろう。まだ、気付かないのだろうか。そもそも、ただの人間のラティークのどこに魔力があると言うのだろう。
アイラは顔を背け、駱駝の上で横座りのまま、もじもじ足をすり合わせていた。
(イジらしいじゃないか、ついつい笑いが零れてしまうな)
ラティークは口元を片手で覆うと、目をニヤリとさせて、アイラに視線を注いだ。
アイラが気付くまで、魔法使い役も面白いだろう。優しさと意地の悪さが一緒に顔を出し始めた。
「変な、魔法、ねぇ。なるほど。だから第一宮殿でも、あの闇の半グレ毛虫集団にも、火の姉ちゃんたちにも負けなかったわけだ。強力な魔法にかかったものだな」
「あ! 虚仮にしてると、痛いメ見せるよ、グーで行くから」
アイラは言葉の通り、手をグーにして見せた。グーでは足りないとばかりに指を組んで大きな拳を作り始めた。アイラの手に手を重ねて振り返ると、第二宮殿が燃え落ちて、火の精霊が何匹も飛び回っている光景が見えた。